『元彼の遺言状』『競争の番人』の次は“先祖を探す探偵”がヒロインに 新川帆立、最新作『先祖探偵』を読む

新川帆立、最新作レビュー

 新川帆立の快進撃が止まらない。2020年、丸の内の大手法律事務所で働く弁護士・剣持麗子を主人公にした『元彼の遺言状』で、第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞してデビュー。麗子の魅力的なキャラクターと、元彼の残した奇妙な遺言状から始まる事件の面白さで、受賞作はたちまちベストセラーとなり、2022年4月から6月にかけて、綾瀬はるか主演で月9ドラマになった。小説の方も、麗子が脇に回った『倒産続きの彼女』、再び麗子が主役を務める『剣持麗子のワンナイト推理』とシリーズ化され、好評を博している。さらに2022年5月には、公正取引委員会の白熊楓と小勝負勉のコンビが活躍する『競争の番人』を上梓。坂口健太郎と杏主演で、こちらも月9ドラマとなり、同年7月から放送されている。つまり新川作品が2作連続で月9ドラマの原作となったのだ。月9ドラマ史上初の快挙である。これだけで現在、作者の人気がどれだけ高いか、分かろうというものだ。

 その新川帆立の最新刊が、全5話で構成された連作集『先祖探偵』だ。主人公の邑楽風子は、東京の谷中に事務所を構える探偵である。ただし一般的な私立探偵ではない。興信所でのアルバイトを経て、依頼人の先祖を捜したり調査したりする〝先祖探偵〟を始めたのだ。本書は探偵を主人公にしたハードボイルドといっていいが、ヒロインの一捻りした設定で、最初から読者の興味を強く惹きつけるのである。

 第1話「幽霊戸籍と町おこし」は、宮城県日南市の町おこしの一環として、曽祖父の甲斐三郎が表彰されることになったという連絡を受けた男性が依頼人。曽孫の彼は三郎と会ったこともなく、市役所も行方が分からないとのこと。この依頼を受けた風子は宮城県に飛び、意外な真実を突き止める。なお風子は、仕事であちこちに出かけるが、その土地ならではの食べ物を楽しんでいる。美味しそうな食事風景も、本書の読みどころになっているのだ。

 続く第2話「棄児戸籍と夏休みの宿題」は、夏休みの課題で家族史を調べるという太田瑠衣という少女に、風子が協力する。もちろん太田家に雇われてのことである。愛知県での調査は、探偵の活動というよりは、民俗学のフィールドワーク。なるほど、こうやって先祖を調べるかと感心していたら、予想外の方向からサプライズがやってくる。油断のならない話だ。

 第3話「焼失戸籍とご先祖様の霊」は、風子の探偵事務所の下の階にある喫茶「マールボロ」の元女主人・戸田昌子が仕事の話を持ってくる。この昌子のキャラクターが愉快だ。依頼の方は、当然のごとく先祖の調査で、風子は昌子と共に岩手県に行く。有名な怪談「六部殺し」を使い、さらにスピリチュアルな要素を入れているのが面白い。もともと作者は地域伝承などが好きとのことだが、作風の広がりを感じさせる一篇になっている。

 第4話「無戸籍と厄介な依頼者」は、仕事の報告で横浜の寿町に赴いた風子が、ドヤ街の住人から、新たな依頼を受ける。無戸籍者の彼は、戸籍を取得するために先祖を調べてほしいというのだが……。日本の戸籍制度は世界でも類を見ないほど強固なものだが、それでも無戸籍者は少なからず存在する。その問題を取り上げながら、ミステリーのサプライズを鮮やかに決めた、作者の手腕に脱帽だ。

 さて、ここまで内容を紹介してきたが、主人公について肝心のことを書いていない。実は風子は捨て子なのだ。五歳のときに母親によって、群馬県邑楽郡邑楽町の町役場の前に置き去りにされた。名前も分からなくなり、邑楽風子と名付けられる。家族の記憶は母親だけであり、父親や祖父母のことは、まったく分からない。先祖探偵をしているのは、母親を捜したいという想いがあってのことなのだ。ある時期からハードボイルド作品は、事件だけではなく、探偵自身の問題を大きく扱うようになっていった。風子も、その系譜に連なる主人公なのだ。

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