【新刊怪談】書評家・千街晶之が選ぶ本当におすすめしたい逸品5選

2022年夏の怪談レビュー

 異例の猛暑が続く2022年の夏だが、日本には怪談による納涼という伝統があり、それに則ってか、今夏は怪談の逸品が数多く刊行されている。

 まず紹介したいのは、『ぼぎわんが、来る』(角川ホラー文庫)で第22回日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智の短篇集『怪談小説という名の小説怪談』(新潮社)。都筑道夫の『怪奇小説という題名の怪奇小説』(集英社文庫)を意識したと思われるこのタイトルをどう解釈するかは難しいところだが、「怪談小説」と「小説怪談」が対になっていることよりも、「怪談」と「小説」を分けて考えてみよう。

 近年の日本では「怪談」という言葉から、すっかり定着した実話怪談(怪談実話とも)を連想する向きが多いかも知れない。そうした怪談では、あまり小説的・文学的なレトリックや構成が駆使されていると、実話としての迫真性を削ぐ場合がある(例外はあるので一概には言えないが)。では『怪談小説という名の小説怪談』の場合はどうか。

 本書は著者の作品中でも、扱われている題材は怪談そのものながら、それをあくまでも小説のスタイルで表現することを強く意識した一冊だ。といっても、小説と実話怪談のスタイルの違いを明快に理屈立てて説明するのは思うより難しく、実際には(あとで紹介するような)実話怪談の優れた作例と比較しながら読んでもらうしかないのだが、例えば、作中でも言及されている小松左京の名作「牛の首」を意識して書かれたことが明白な「涸れ井戸の声」は、実在の雑誌名を出すなどして実話めかしておきつつ、駆使されている技巧は小説のそれだ。どう考えても結びつきそうにない二つの物語が並行して進み、思わぬ結末を迎える「怪談怪談」も技巧的な作品である。あるホラー映画の関係者が次々と怪死する「苦々陀の仮面」あたりは、書きようによっては『13日の金曜日』『スクリーム』のようなスラッシャー・ホラーになる筈だが、惨劇の場面を直接的に描かないことで怪談の枠に収めつつ、実話の場合はまず成功しないであろうスタイルに挑んでいる。

 また著者は、『予言の島』(角川ホラー文庫)、『うるはしみにくし あなたのともだち』(双葉社)といったホラーミステリの名手でもあり、ホラーや怪談を執筆する際にもミステリ的な趣向を好んで取り入れる作風だが、本書でも「笛を吹く家」「うらみせんせい」などの収録作にはトリッキーな仕掛けが盛り込まれていて、ミステリファンにとっても要注目の一冊となっている。

 怪談でありながらミステリ……という趣向がより濃厚なのが、近藤史恵の『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』(KADOKAWA)である。維新後の大阪が舞台の連作短篇集で、タイトルにある「火狂(かきょう)」とは、作中に登場する絵師の雅号であり、本名は興四郎。見るものをぞっとさせるような幽霊画を得意としており、しかも常人には見えないものが見えているらしい……と紹介すると、この人物が霊視能力で事件を解決するのかと思うかも知れないが、実はより事件解決に直結する能力を持っているのはもうひとりの主人公、真阿だ。

 料理屋「しの田」の主人・善太郎と希与夫婦の一人娘である14歳の真阿は、胸の病だと宣告され、両親から部屋を出てはならないと言われている。彼女はしばしば、実際には体験した筈がない火事の夢を見る。そんな時、「しの田」に居候するようになったのが興四郎だ。真阿は彼の描く怖い絵に魅了されるが、それらの絵には不思議な物語がまつわっていた。

 真阿は箱入り娘ながら、大人の世界に全く知識がないわけではない。しかし両親をはじめとする周りの人々は、そこから彼女をなるべく遠ざけようとする。そんな真阿にとって、彼女を大人扱いもしないが子供扱いもしない興四郎は、広い世界への窓口なのだ。そして彼女は、興四郎が描いた(あるいは彼のもとに持ち込まれる)絵に関連した不穏な夢を見て、それが謎の解明のヒントとなる。犬の絵を怖がる男の秘密、「帰りたい」と訴えかける絵の恐ろしい事情、手に入れると不吉なことが起こるという夜鷹の絵……一枚の絵の背後に人間のおぞましく残酷な所業が秘められている場合が多い一方、「悲しまない男」のように心温まる結末を迎えるエピソードもあって、連作としてのアクセントとなっている。

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