【新刊怪談】書評家・千街晶之が選ぶ本当におすすめしたい逸品5選

2022年夏の怪談レビュー

 短篇集2冊の次は長篇2冊である。怪談は短篇より長篇のほうが難しいとされるが、その長篇怪談の代表的な書き手が小池真理子だ。なにしろ、1988年の時点で、モダンホラーの早すぎた傑作『墓地を見おろす家』(角川ホラー文庫)を発表した作家なのだから。その後、耽美的にして鬼気迫る短篇怪談の逸品も数多く発表してきたが、『アナベル・リイ』(KADOKAWA)は久しぶりの長篇怪談だ。

 物語は、久保田悦子という還暦を過ぎた女性の手記の体裁で進行する。もともと自他ともに認める合理主義者だった彼女は、どうして霊の存在に怯える人生を送るようになったのか。1978年、都内のバー「とみなが」でアルバイトをしていた若き日の悦子は、舞台女優の見習いである林千佳代と知り合う。千佳代にとって、悦子はたったひとりの友人となった。千佳代は年上の美男・飯沼一也と恋に落ち、やがて入籍するが、急性肝炎で呆気なくこの世を去ってしまう。その後、悦子や「とみなが」のオーナー・富永多恵子は、身の回りで千佳代の姿を見るようになる。

 千佳代の霊は悦子や多恵子に何か怨みごとを吐いたりするわけではなく、ただ静かに現れ、いつの間にか消えている。それだけなのに、どうしてこんなに恐ろしいのだろう。本書を読むと、家の中のちょっとした暗がりすらも怖く感じるのだ。霊という曖昧な存在の出現をいかにもありそうに描写する著者の筆致が真に迫っているのは無論のこと、飯沼に想いを寄せていた悦子や多恵子の千佳代に対する後ろめたい心理の細やかな描写が、その怖さに拍車をかけている。怪談の名手にして恋愛小説の達人という著者の二つの資質が相乗効果を醸成した、まさに円熟の傑作と言える。

 『虚魚』(KADOKAWA)で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞してデビューした新名智の第二作『あさとほ』(KADOKAWA)は、前作同様、長篇怪談に果敢に挑んだ作品だ。

 主人公の夏日は、小学4年生の時に異様な体験をしていた。夏休みのある日、彼女と双子の姉妹の青葉、そして同級生の明人の3人で近所の山に登ったが、山奥にあった古い建物の中で青葉の姿が消えてしまったのだ。ところが、家に戻って青葉がいなくなったと訴える夏日に、両親は「それ……誰のこと?」と首を傾げるばかり。夏日と明人の2人を除く人々の記憶から青葉は完全に消去され、最初からいないことになっていたのだ。

 大学生になった夏日は、平安時代に書かれたがその後散逸したとされる「あさとほ」という物語をめぐって、教授が失踪するなどの怪事件に巻き込まれ、十数年ぶりに明人とも再会する。明人は青葉の失踪の真実を突き止めるため霊媒師になっていた……ここから先の展開は触れずにおくが、長篇怪談の場合、やはり何らかのジャンルミックスを試みたほうが書きやすいようで、本書も終盤は思わぬ方向へと展開してゆく。数々の劇的で恐ろしい事件が起こるものの全体としてはどちらかといえば静謐なタッチであり、「物語」に囚われてアイデンティティが揺らぐ怖さと、「物語」なしには生きられない人間の哀しさとが、静かな叙情とともに読者の心にしみ入る小説となっている。

 実話怪談作家にして怪談研究家の吉田悠軌は、『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』(KADOKAWA)において、「近年は実話怪談を参考にし、実話怪談フォーマットを融合したホラー小説も目立つようになりました。というより、実話怪談をいっさい視野に入れていない現代日本ホラー小説など、もはや皆無なのかもしれません」と指摘している。『あさとほ』の場合も、冒頭の記憶が改変されるエピソードは実話怪談にしばしば見られるタイプのものだが、では現在の実話怪談界ではどのような作品が発表されているのか。このジャンルの代表として、朱雀門出の『第七脳釘怪談』(竹書房怪談文庫)を取り上げてみよう。著者の「脳釘(「のうてい」と読む)怪談」シリーズは、日常からどこか異なる次元に紛れ込んでしまったかのような奇怪なエピソードを数多く収録している。本書もその路線であり、実話怪談にありがちなパターンが全く通用しない、先が読めない話が多い。

 失踪した妹の荷物から異様な内容のDVDが見つかる第一話「チョキとグーでヤミクラさん」から、早くもインパクト強烈な悪夢めいた世界が全開となっている。「儀式の話」と題された数話のように、旧家に代々伝わる奇妙な習わしを扱ったものは、一見古風な伝統的怪談のようだが、それらの習わしの由来が全くわからないあたりに、いかなる解釈も拒むような不条理感が漂う。心霊スポットに行こうとして全く別種の恐怖を味わう「絶望→希望寺院」、その光景を想像するだにシュールな「コウモリごっこ」や「プールにいっぱい浮いていた」、全く無関係な人間がそっくりの体験をしている「男の子だよ」と「プールの水は血」、夢か幻覚か現実か判別不能な「すごい毛」や「インプラントを取り出す話」等々、因果関係も不明なら怪異の正体もわからない、あまりに突飛すぎて逆に実話として納得するしかないエピソードが目白押しになっている。個人的に(『あさとほ』の冒頭のような)自分以外の人間の記憶が改竄される話に恐怖を感じるたちなので、子供時代に目撃した事件が別の出来事として改変されてしまう「喉切り箱」が特に怖かった。

 短篇小説あり、長篇小説あり、実話あり……とヴァラエティ豊かな5冊となったが、それは現在の日本の怪談シーンの多彩さを反映したものである。是非、これらの作品に目を通して、熱帯夜をひんやりした一夜へと変えていただきたい。

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