弐瓶勉『BLAME!』重力子放射線射出装置に詰め込まれた、行き当たりばったりさと過剰なハッタリ
武器とフィクション 第5回
また、超巨大構造物内部の風景は階層が変わると一変し、統一された形態を持たない。人々が暮らす都市もあれば、無数の階段も高速が出るエレベーターも存在し、ちぐはぐな建造物の連続がそのまま作品世界となっている。『BLAME!』の超巨大構造物は、「災厄によって暴走した建設者によって無秩序に都市が肥大化した」という設定によって、作者が描きたいと思った構造物をどれだけ描いても破綻しない構造を獲得しているのだ。これにより、作品世界自体がある種の行き当たりばったり性を許容する。
この作品世界全体に及ぶ極大のハッタリと行き当たりばったりさを貫通できる武器は、重力子放射線射出装置をおいて他にない。7巻での説明によれば直線で70kmにおよぶ距離の構造物を一撃で貫通し、いかなる敵をも貫くこの武器は、作者の仕掛けた壮大なハッタリに対して対抗できるもうひとつのハッタリである。重力子放射線射出装置は作品の根幹を支える骨組みである超巨大構造物自体を破壊し、弐瓶の作り上げた強固で絶望的な世界のルールを超越できる武器なのだ。そして実質不死身の存在である霧亥もまた、作中のルールを超えた存在だ。そんな彼のメインアームには、重力子放射線射出装置こそがふさわしいだろう。
さらに、重力子放射線射出装置は本編の途中から移動手段としての側面も持ち始める。巨大な構造物を構成している超構造体は通常の武器では破壊できず、『BLAME!』の作中では人々は生まれた階層に固定されたまま、垂直方向の長距離移動を封じられている。しかし、霧亥の目的はネット端末遺伝子を探し出すことであり、そのためには階層を超えて移動することが必要になる。作中でもたびたび描写があった通り、そのために使われるのが重力子放射線射出装置なのだ。
重力子放射線射出装置は、超構造体をも貫通することができる。それによって霧亥は通常のキャラクターには不可能な階層を超えての移動を成功させることができる。そして階層間の移動によって新たなストーリーが展開し、さらに「都市の果て」へとたどり着くことができる。こういった移動を行うことができる手段は、作中において重力子放射線射出装置しか存在していない(最上位セーフガードであるレベル9も同等の能力はあると思われるが、レベル9自身が主体的に階層間を移動する描写はない)。
重力子放射線射出装置はただの武器ではなく移動手段でもあることの意味は重い。移動と探索を任務とする霧亥にとってなくてはならない武器であり、どれだけ霧亥が作中最強の頑丈さを持とうとも、この武器なしには彼の任務は達成できない。また、レベル9の探索のため基底現実へと派遣されたサナカンもまた、拳銃型の重力子放射線射出装置を携帯していた。ネット端末遺伝子と最上位セーフガードという違いはあるが、霧亥もサナカンも「探索」という任務を帯びている点は同じだ。携行性に優れ、常人には成し遂げられない階層間の移動を実現できる拳銃型の重力子放射線射出装置こそ、破壊と探索の象徴なのである。
戦闘を含む物語の主人公には、主人公を主人公たらしめる特別な武器が必要である。それはなんらかの力を持つ聖剣であったり、高性能なロボットであったり、特徴的な移動手段であるかもしれない。『BLAME!』においてそのポジションにあるのは、作品の持つ行き当たりばったりさとハッタリを詰め込まれ、探索者の武器にふさわしい特徴を持つ重力子放射線射出装置に他ならない。この武器は、特異な設定を持つ『BLAME!』という作品の主人公の武器として、不足のないものだ。
逆に言えば、不死身の力を持つ以外にさほどパーソナリティの描写がない霧亥という主人公は、重力子放射線射出装置というスペシャルな武器を持つことによって主人公たりえている。実際、重力子放射線射出装置を持たない霧亥はネット端末遺伝子の探索というミッションをこなすことはできないだろうし、作中のさまざまな階層を旅することもできなかったはずだ。重力子放射線射出装置が「主人公に特別な力をもたらすガジェット」の条件を備えていたからこそ、霧亥はストーリーの主人公として戦い抜けたのだ。
『BLAME!』の真の主役は、確かに連続する超巨大構造物であった。しかし、物語を動かしたのはやはり主人公の霧亥である。その動力源として探索行の行手を切り開いたのは、行き当たりばったりさとハッタリに満ちた重力子放射線射出装置だった。その働きが極めて重要だったからこそ、この武器は『BLAME!』という作品を象徴するアイコンとなったのである。