『ベルセルク』漫画史に残る唯一無二の武器! フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」

『ベルセルク』ガッツの大剣を考察

 模型や武器が大好きなライターのしげるが、“フィクションにおける武器”あるいは“フィクションとしての武器”について綴る連載「武器とフィクション」。第4回は『ベルセルク』を象徴するガッツの「ドラゴンころし」について取り上げる。(編集部)

第1回:『チェンソーマン』のチェンソーはいかにして“最恐の武器”となったか?
第2回:『ザ・ファブル』が示す、最強の武器とは? ファブルという名に込められた意味
第3回:『進撃の巨人』は立体機動装置こそが最重要の仕掛けだった

※本稿に大幅に加筆した論考「フィクションと現実との境界線に立つ「ドラゴンころし」」は、8月12日に発売された書籍『ベルセルク精読』(株式会社blueprint)に掲載されています。

ヨーロッパにおける傭兵戦争を元にした「黄金時代」

 『ベルセルク』が、日本製ダークファンタジーの大傑作であることは、まず間違いない。現世と幽界が混じり合い、妖精や魔物が入り乱れる世界で、巨大な剣を振り回す剣士ガッツが戦う。その世界観は紛れもなくファンタジーである。しかし、『ベルセルク』に登場する兵器や甲冑、それにミッドランドなどの情勢の設定は、近世ヨーロッパで使われた武器や史実、用兵思想への綿密な取材の痕跡が見て取れる。特にグリフィスが「蝕」を起こす前、人類同士の戦争が題材となっていた「黄金時代」の章には、中世・近世ヨーロッパ史の影が濃い。

 まず『ベルセルク』は、傭兵の物語である。主人公ガッツは傭兵隊「鷹の団」の元切り込み隊長であったし、その宿敵であるグリフィスは一介の傭兵隊長から身を起こし、「蝕」と再転生を経て半人半魔の存在となった。主人公とその宿敵が揃って傭兵部隊出身であり、また『ベルセルク』世界での国家間戦争が傭兵を多用している点には、中世から近世にかけてのヨーロッパでの戦争史からの影響を感じる。

 傭兵軍は長らくヨーロッパにおける基本的な軍制であった。聖職者・騎士・農民の身分が固定され、君主に仕える騎士が戦闘に従事していたイメージが強い中世ヨーロッパだが、実のところ封建正規軍である騎士が臨時雇いの傭兵稼業に精を出すことは特に珍しくなかった。騎士にとって最も重要な仕事である軍役に関しては君主と騎士の間で契約が結ばれ、「年間に軍役に従事するのは〇〇日」「出陣するのは馬で1日に移動できる範囲まで」といったような細かい制限がつけられていた。この制限を超える場合には、特別手当も請求できる。単なる忠誠心ではなく契約によって君主との関係が規定されているのなら、例えば複数の君主と契約することも可能だし、アルバイト的な契約を結んで出陣することも可能である。騎士が装備を維持するのには金がかかる。彼らがアルバイト的に傭兵稼業へ乗り出すのは必然だった。

 この状況に、「14世紀の危機」と呼ばれる状況が拍車をかける。14世紀には英仏の百年戦争が勃発。さらにペストの流行と凶作により農業人口が減少し、数多くの農民の生活が破綻した。この状況は、小領主であった騎士たちの生活を直撃する。農民からの収入を得られなくなった騎士たちは、基本的にタダ働きである君主への軍役は金銭で代納しつつ、現金収入を求めてさらに傭兵稼業に精を出すようになる。君主からしても、制約の多い封建正規軍を使うより、軍役逃れのために騎士たちが払った上納金で傭兵部隊を編成した方が効率がよかった。この需要と供給の一致により、戦闘のプロとしての騎士階級は没落し、戦場の主役は次第に傭兵に取って代わられることになる。

 傭兵に身をやつすようになった騎士たちは次第に徒党を組むようになり、各種の傭兵騎士団を編成する。無論、騎兵だけでは戦争は不可能なので、こうして編成された傭兵騎士団には多数の歩兵も含まれており、ゴロツキ同然の彼らは収入源となる戦乱を求めてヨーロッパをさまよい、方々で略奪を繰り返す。戦争の様相が騎兵から長柄武器を持った歩兵の集団を主体としたものになるにつれ、ヨーロッパの傭兵隊は巨大化していくことになった。

 『ベルセルク』の、特に「黄金時代」と名付けられた一連のエピソードの元になったのは、ヨーロッパにおける傭兵戦争の最盛期である14~16世紀ごろの情勢だろう。この当時の傭兵部隊の代表格は、ランツクネヒトと呼ばれるドイツ人傭兵隊である。彼らにとって重要だったのは、戦争の最高指揮官が誰で、どの国と戦うかではない。どの傭兵隊長の下で戦うかが、傭兵たちの運命を決めた。傭兵隊長は作戦指揮だけではなく部隊内での裁判権も握っており、傭兵たちの生殺与奪は隊長にかかっていた。また、傭兵が遅滞なく給金を受け取り、多くの略奪品を得られるかは、傭兵隊長の腕前次第である。一度傭兵になれば故郷から締め出され、契約期間が切れれば即座に収入が絶たれる。そんな不安定な立場の傭兵たちを束ねて指揮をとる傭兵隊長には、軍事的知識や度胸や腕っ節やビジネス的な才覚に加えて、ある種のカリスマ性も必要だった。

 部下たちとともに最前線で戦うカリスマ的指導者というグリフィスのキャラクターは、そんな当時の傭兵隊長たちの職能を下敷きにしたものだと言える。その証拠のように、『ベルセルク』に登場する兵器も14~16世紀のヨーロッパで使われていたものに準じている。兵士たちの甲冑は中世前期のような鎖帷子ではなく、多くは体の一部を部分的にカバーする板金鎧である。火砲は存在するもののまだ小型化は進んでおらず、実用化されているのは巨大な大砲のみ。剣と長柄武器を携えた歩兵を中心として軍が編成され、ここぞというタイミングで騎兵が投入される。まさに、傭兵戦争全盛期のヨーロッパの戦闘を圧縮したような描写だ。しかし、『ベルセルク』の地に足のついた軍事面の描写は、「蝕」以降で大転換することになる。

 グリフィスがフェムトへと変化した「蝕」、さらにグリフィスの再転生とガニシュカ大帝の消滅による「幻造世界」の誕生によって、『ベルセルク』での戦闘は段階的に「人間対人間」から「人間対人外」「人外対人外」と変化していくことになる。特にグリフィスの再転生以降の展開は、この作品が現実のヨーロッパ史の影響を離れて、明確にファンタジーの方向へと舵を切る宣言だったように思う。

 新生鷹の団は、もはやヨーロッパの傭兵部隊を元にした集団とは大きく異なり、その様相はほとんど『デビルマン』のデーモン軍団である。「黄金時代」には存在していた軍事・歴史的リアリティは消え、ここに至って『ベルセルク』は完璧なファンタジーとなった。怪物ならざる人間が人間のままファンタジックで怪物的な敵と渡り合うためには、同等の力を持ち、なおかつ人間が生み出した武器が必要である。その危ういバランスに屹立しているのが、ガッツの持つ「ドラゴンころし」だ。

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