『進撃の巨人』は立体機動装置こそが最重要の仕掛けだったーー厳密なルールをひっくり返す、見事なハッタリ

『進撃の巨人』立体機動装置のハッタリ

 模型や武器が大好きなライターのしげるが、“フィクションにおける武器”あるいは“フィクションとしての武器”について綴る連載「武器とフィクション」。第3回は『進撃の巨人』で最も印象的な装置である“立体機動装置”について取り上げる。(編集部)

第1回:『チェンソーマン』のチェンソーはいかにして“最恐の武器”となったか?
第2回:『ザ・ファブル』が示す、最強の武器とは? ファブルという名に込められた意味

※本稿に大幅に加筆した論考「立体機動装置というハッタリと近代兵器というリアル」は、3月4日に発売された書籍『進撃の巨人という神話』(株式会社blueprint)に掲載されています。

『進撃の巨人』には厳密なルールが適用されている

 『進撃の巨人』は、極めて厳密なルールに基づいてストーリーが展開される作品である。物語が始まった当初から人類の敵として出現した巨人には、そもそもいくつかのルールが存在した。人間を生きたまま捕食し、意思の疎通は基本的に不可能で、首の後ろのわずかな部分だけが弱点。徒歩での移動しかできないため、巨大な壁を構築すれば人類の居住空間を守ることができる。冒頭ではこの程度だった巨人に関するルールは単純でわかりやすく厳格で、それゆえに19世紀ヨーロッパ程度の技術と限られた戦力しか持たない人類側の絶望感は凄まじいものだった。

 「巨人に勝つのは無理なのではないか」という絶望感は、このルールがとにかく厳密に適用されることから生まれる。いきなり主人公エレンの母親は食われ、人類の組織した兵団の兵士たちも次々に死に、壁に穴が開いて市街地に巨人がなだれこんだら打つ手がない。ルールが徹底して厳密に適用されているからこそ、フィクション的なご都合主義の影は薄く、善良そうなキャラクターでも不条理に死んでいく。

 圧倒的に強い巨人だが、しかしルールは巨人に対しても厳しく適用されるので、唯一の弱点である首の後ろの部位を削ぎ切られれば巨人も死ぬ。それがわかっているからこそ、人類は多少無理をしててでもこの弱点を狙いに行く。「巨人は完全無欠ではないし、特定部位への攻撃は確実に効く」というルールに則って作られたのが、立体機動装置なのだ。

 その立体機動装置は、設定の多い『進撃の巨人』の中でも屈指の精密な設定が用意されている。単行本1巻では2ページを割いてその構造が開設されていることからも、「とにかくこの装置の理屈がしっかりと立っていなければ、この作品は成り立たない」という意識が伝わってくる。

 単行本1巻で解説されている設定によれば、立体機動装置は腰の左右にぶら下げられたガスボンベによって起動する。腰の後ろにはワイヤを巻いたドラム状の器具が2軸取り付けられており、その内部のファンにガスを吹き付けてドラムを高速回転させる。ワイヤの発射/巻き取りは手に持ったコントローラーで行ない、そのコントローラーは対巨人用ブレードのグリップも兼ねている。ブレード自体は腰の左右に吊ったガスボンベの下に取り付けられた箱状の鞘に大量に収納されており、戦闘時は適宜使い捨てるという仕組みだ。

 さらにこの立体機動装置は使用者の全身に取り付けられたハーネス状の固定ベルトに接続される。立体機動装置は腰に取り付けたウインチで使用者を引っ張り上げる装置だが、体重を乗せる部分がなければ体の左右から発射されるワイヤーに振り回されてしまい、自由な機動を行うことができない。それを解決するため、固定ベルトは左右の脚および足の裏まで回り込んでおり、使用者は体重がかかっているワイヤーとは逆側の脚に全体重をかけて踏ん張ることでバランスを保つ。

 この立体機動装置と同じものを作ることができたとして、恐らく常人には、『進撃の巨人』劇中のキャラクターと同じように使いこなすことは不可能だろう。いかに優れた設計のハーネスを付けていようと、腰の左右からワイヤーを発射している以上は片方に重心が偏ることを避けることはできないし、少なくとも正面を向いて飛んでいくような動きは無理ではないかと思う。腰の左右片側を高速で引っ張られながら回転したりひっくり返ったりしないよう逆側の脚で突っ張り、空中で姿勢を制御しつつ次に飛んで行く方向を決める……。想像するだに難しそうだ。

 しかしそれでも、これは惚れ惚れするほど見事な、いい意味でのハッタリの効いた設定だ。まず、単行本でこの設定を解説するために描かれているイラストが素晴らしい。脚に巻かれたハーネスの形状は太ももの前後を斜めに走り、膝から脛にかけてクロスした上で足の裏に回り込んでいる。足の裏のハーネスはちょうど馬具でいう鎧のような形になっていて、腰で引っ張り上げられながら脚を突っ張れば、姿勢を保ちながら空中を飛び回ることがギリギリできそう……という雰囲気が漂う。

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