吉田修一が語る、犯罪と文学【前篇】「犯罪は人間の生っぽさを突き詰めたところでしか生まれない」

吉田修一が語る、犯罪と文学【前篇】

小説家は職業ではなく生き方だ

――『悪人』映画版は李相日監督と共同で脚本を書いていました。脚本と小説の違いを感じましたか?

吉田:書いている時は大変でしたが、今となっては本当に楽しかったです。もともと映画が大好きなんですよ。映画の裏側で作り手としてかかわらせてもらった経験は、本当にその後に生きています。脚本と小説は全く違うものだとわかりました。

 簡単に言うと、小説は自由。脚本は設計図で、映画が完成品ですよね。小説は完成品なので、書き方に関しても全く自由なんです。脚本で「雨が降った」と書くと、隣でプロデューサーが(演出の)雨はいくらになるかを計算している(笑)。というのは半分冗談ですが、それでも小説は本当にすべてが自由だと感じています。

――それは今振り返ると、吉田さんが小説を選んだこととも関係するのでしょうか?

吉田:そうでしょうね。長くやっている作家はみんな言いますけど、20年以上経って改めて思うのは、作家って職業じゃないんですよね。かっこよく言うと、生き方です。

 でも作家としては、50歳くらいというのは、まだ第2コーナーをやっと曲がったくらいなんです。60~70代で活躍されている方も多いですね。石原慎太郎さんもまだ愛についての小説を文芸誌に発表されていて、その気迫に圧倒されます。作家に引退はない。だから、いわゆる仕事じゃないんですよね。

――犯罪小説は暴力や差別などを扱いますが、フィクションの中で描く時に注意している点はありますか?

吉田:差別や暴力をなぜ書くか。単に面白がらせようとしていたり、実際に差別目的なのであれば、排除してもいい表現だと思います。ただ、そうじゃないところで、書く必要があって書かれるものがある。やっぱり読者の方は、ちゃんと読んで良し悪しを判断していると思います。

 マジョリティの側にいる人って、自分がマジョリティであることにはなかなか気づけないじゃないですか。権力がある人は、自分に権力があるとは気がつかない。そこに違和感を感じるのは、マイノリティのほうだと思うんです。マイノリティの側に何かしらに不利益があるという時、それをしっかりと理解した上で表現をすることが大事だと思っています。

――そうした問題意識を持ちながら書いているのですね。

吉田:「社会的な価値観を変えよう」などという正義感とは違うんですけれど、作家は書かずにはいられないんだと思うんです。文学ではたとえば不倫も多く描かれてきました。それは不倫が楽しくてしょうがないのか、もしくは苦しくてしょうがないのかわかりませんが(笑)。「こんなのけしからん」と思う読者もいるでしょうが、その嘘のない表現に、自分が何か求めているものを見つける読者もいる。もちろん作家は、そういうものを書かないといけないと思うんです。

 河野多惠子さんと対談をさせていただいたことがありました。作家としても、芥川賞選考委員としても大先輩の方です。お会いした時は80歳を超えていらっしゃいましたが、当時もずっと濃密なSMの世界の話を書かれていました。そんな河野さんが「吉田くん、小説家というのはすごい恵まれていて、精神的種族に会えるのよ」とおっしゃったんです。僕は最初、意味がわからなくて。よくよく聞いてみると、作家は本来書く必要もないのに、自分がどうしても書かざるを得ないことを書く。なんでそんな恥ずかしいことを書くのかというと、書かないとどうしても先に進めないからですね。それを読んだ時に普通の人は「馬鹿じゃない?」と思うかもしれない。でもそこに一人でも二人でも何かを強く感じて「ああこれだ」と思う読者がいる。そういう人と繋がれる可能性があるのはすごいことなのだと。ニコニコしながらおっしゃっていて、本当にすごい方だなと思いましたね。河野さんの職業が作家かというと絶対違うと思うんですよ。もう生き様なんです。

――吉田さんはデビューして20年以上が経った今、最近の文学のシーンについて思うことはありますか?

吉田:僕は芥川選考委員をしているので、たとえば、最近芥川賞を受賞した李琴峰さんや遠野遥さんのような後輩作家をみていると、ちゃんと変なものを書いてるなあと、すごく頼もしく思います。最近はビジネス臭のする若い書き手も多いじゃないですか。金の匂いがする作家というのはいいですけど、ビジネス臭がする作家というのは魅力ないじゃないですか。でも、李さんや遠野さんは全く違うベクトルでやっている。どうしても書かざるを得ないということを書いている。僕自身はそういう小説を書いている先輩たちが好きだったんです。それを新しくちゃんと引き継いでいる後輩たちがいると思うと、とても頼もしいですね。(後篇はこちら)

■書籍情報
『怒り(上)』
初版刊行日:2016年1月21日
判型:文庫判
ページ数:320ページ
定価:660円(10%税込)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2016/01/206213.html

『怒り(下)』
初版刊行日:2016年1月21日
判型:文庫判
ページ数:288ページ
定価:660円(10%税込)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2016/01/206214.html

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