道玄坂上ミステリ監視塔:第1回
新連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年8月のベスト国内ミステリ小説
道玄坂上ミステリ監視塔:第1回
酒井貞道の1冊:『パラダイス・ガーデンの喪失』若竹七海(光文社)
若竹七海が絶好調である。語り口はユーモラスで、登場人物が活発快活に動き回る。身元不明の遺体が個人庭園で見つかる事件を皮切りに、住民たちのドタバタ群像劇を縦横無尽に描き尽くす。ただし登場人物の描き方はビターにしてスパイシー。ダメなところ、身勝手なところに容赦なくフォーカスし、彼らが抱えるストレスも遠慮なく抉る。しかも今回は謎解きの味付けが濃厚で、終盤では、隠された意外な事情が、数珠つなぎに姿を現わす。伏線が緻密なので、この「数珠」が本当に工芸品めいていて、美しい。新たな代表作の登場と評価したい。
藤田香織の1冊:『君が護りたい人は』石持浅海(祥伝社ノン・ノベル)
想いを寄せる女性が20歳も年上の男と結婚を決めた。男は中学2年生で両親を亡くした彼女の後見人で、15歳の頃から関係があったという。友人の三原から、彼女を護るために男を殺すと打ち明けられた弁護士の芳野は、仲間たちが集うキャンプでその犯行を見守る役目を担う。いつ殺るのか。どの方法を選ぶのか。語り手の芳野と同じように読者も緊張し、ハラハラしながら先を読むことになるのだが——。うわぁ——!! と驚嘆しつつも、ほんとそれな! と共感同意必至の展開が巧い、憎い、嫌らしい。考えることを考える楽しさを堪能できます。
杉江松恋の1冊:『時空犯』潮谷験(講談社)
チェンジ・オブ・ペースがあるミステリーが好きなのである。『悪魔の手毬唄』で金田一耕助が「僕は岡山に行ってこようかと思います」って言いだすやつ。無駄そうな回り道が意外な展開を呼ぶという技法だ。この小説はそれをやる。とんでもない規模の回り道なのだ。岡山どころじゃない。その回り道で手がかりが揃うわけである。急いで書くと、本作は同じ一日が何度も繰り返されるというSF的趣向の話なのだが、最後に披露される推理は証拠といい論理の組み立てといい地に足がついたもので、まるで昭和のミステリーだ。そういうところが好き。
というわけで初回から6人ばらばらという結果になりました。いやー、気が合わない。でもこの調子で自分の好みだけを頼りに突っ走っていきましょう。また来月。
書評子(掲載順)
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN)
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki)
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti)
酒井貞道……書評家(@haikairojin)
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos)
杉江松恋……ライター(@from41tohomania)