『medium』から『invert』へーー相沢沙呼が語る、ミステリ小説における推理、驚き、秘密の暴露

相沢沙呼に聞くミステリの暴露

 「このミステリーがすごい!」、「本格ミステリ・ベスト10」、「SRの会ミステリーベスト10」のそれぞれ1位となり、Apple Books「2019年ベストブック」のベストミステリーに選ばれ、第20回本格ミステリ大賞小説部門を受賞してミステリ5冠を達成した『medium[メディウム] 霊媒探偵城塚翡翠』。同作のシリーズ第2弾となる『invert[インヴァート]城塚翡翠倒叙集』が刊行された。霊視能力を持つという女性キャラクターを中心に様々な仕掛けを施し、読者を驚かせたヒット作の次作だけに、執筆には難しさがあったと想像される。著者の相沢沙呼氏に前作から新刊発表に至るまでを聞いた。(円堂都司昭/7月14日取材)

一番やっかいな敵だと思うのは、作家的想像力

相沢沙呼

――『medium』は各種ミステリ・ランキングの1位になるだけでなく、本格ミステリ作家クラブが主催する本格ミステリ大賞を受賞しました。同賞はこのジャンルの作家、評論家が選評とともに投票して決まる仕組みです。つまり同業のプロたちから評価されたわけですが、あらためて感想を聞かせてください。

相沢:僕がミステリでどんでん返しをやろうとする時、一番やっかいな敵だと思うのは、作家的想像力というものなんです。どういうことかというと、作品を読んでいる時、特に脈絡もないし根拠もない、論理だてて説明できないけれど、自分だったらこうしたほうが面白いと考えるし、こう書くだろう。そういう感覚でお話のオチを想像して妄想することは、ミステリ作家によくあると思うんです。もちろん普通の読者にもそういう部分はあるでしょう。すると、ミステリ作家が作家的想像力で自分の面白さを基準にして考えた時、『medium』の大オチを察することができてしまうのではないか。同作はそのへんが弱いと感じていたので、本格ミステリ大賞でみなさんがどれだけ票を投じていただけるか、心配していました。たぶんオチはバレるだろうから、それを成立させるまでのロジックの部分を評価してもらえたら少しは戦えるだろうか、くらいに考えていました。結果的に想像以上の票をいただき、作家的想像力にどう対処するかにも気をつかって書いたので、ミステリ読みのプロのみなさんにも通じたんだとすごく嬉しかったですね。小さい細々とした工夫も功を奏したんだな、と感じました。

――そうして『medium』が傑作として認定され、ハードルが上がったところで続編となるわけですが、それが全3話の倒叙ミステリ作品集という形になった経緯は。犯人が誰かわからない状況から名探偵が論理的に推理して真相を解き明かす。それが通常の本格ミステリですけど、逆にまず完全犯罪を目指す犯人の行動を描くところから始まり、続いて名探偵との対決となるのが倒叙ミステリ。なぜこのスタイルを選んだのでしょうか。

相沢:『medium』以前は、殺人が起きない日常の謎を扱ったミステリばかり書いていたものですから、名探偵と助手のバディもので殺人事件を解決していく話を書きたいと思って城塚翡翠というキャラクターを生み出しました。では、2人組でどういう話を作りたいのか。クローズド・サークル(閉ざされた空間)を舞台にして事件に巻きこまれるような、コテコテな本格ミステリのオーソドックスなスタイルと、もう1つは『古畑任三郎』が大好きだったので倒叙スタイルの両方を書きたかったんです。そういう万能的に活用できる探偵キャラクターを求めて、霊能力者だという城塚翡翠が犯人を油断させ追いつめるスタイルを考えました。それでまず、キャラクターとしての探偵の魅力を前面に押し出したインパクトのある話をやるべきだろうと『medium』が完成したのですが、すでに同作にも倒叙っぽいところはあった。だから『medium』を書く前から頭にあった倒叙で2冊目を書いたのは自然な流れで選んだ感じですね。

――ということは、クローズド・サークルのほうもある程度考えたんですか。

相沢:そうですね、そちらの方向性でプロットを組み立てていこうか、という時期に早く次を書けと編集者から急かされたので、まずは倒叙作品を書き出版しようと(笑)。僕は筆のはやい作家じゃないので長編を書く場合、すごく時間がかかるんですよ。短編ならもう少し早く書けるだろうし、ここで変に悩んで自分の思考の勢いにストップをかけるよりは、どんどん書けるものをやったほうがいいだろうと判断して倒叙作品を先に刊行することにしました。

――以前、『medium』ははやく書けたと話されていましたが、今回は。

相沢:前作と同じくらいのペースですかね。『invert』では1話に1ヵ月かからないくらいで書きました。これまでの作品に比べたらすごくはやい。

――なぜはやく書けるのでしょうか。

相沢:やっぱり、まず「死体を置ける」のがすごく楽なんです。これはいろいろなところでつい語ってしまうんですけど、殺人があると、物語を進めるのが楽なんです。人殺しの快楽に目覚めてしまった、というと危険な人間みたいですけど(笑)。日常の謎だと、なにが謎なのか、どういう謎だったら魅力的なのか、ゼロから現象を考えないといけない。でも、殺人事件を扱うミステリのスタイルだと、まず死体があります、それはどこで発見されるのかとかどういう殺されかたをしたのかという風に広げられるわけで1から考えることができる。ゼロから考えるより1から考えたほうがスピードは上がるので、その点は日常の謎と違いますね。

――『invert』では城塚翡翠が『古畑任三郎』や『刑事コロンボ』のパロディ的な言動をみせますが、今回執筆するにあたって意識した倒叙ものは。

相沢:やはりその2作の影響が一番強いですね。犯人と刑事のやりとり、攻防を中心に描く古畑、コロンボの1つの型みたいなものがあって、そのパターンにハマっているものが好きなんです。大倉崇裕さんの「福家警部補」シリーズもパターンとしてはそうですね。倒叙ものといわれる作品でも、なぜ犯行に至ったかの感情や過去、犯人の心情に沿った作風が多かったりするので、形式としては他にあまりない。『invert』は古畑とコロンボがベースになっていて、なかでも3話目の「信用ならない目撃者」はコロンボの「ホリスター将軍のコレクション」、「指輪の爪あと」を意識しています。翡翠の犯人の責めかたとか口調は古畑をオマージュしていますから全体的には古畑なんですけど、3話目は特別にコロンボのオマージュが強いですね。

――何度も出てくる「あれれ」とか犯人を苛立たせる喋り口調が印象的ですし、可愛らしくぶりっ子する一方、探偵として鋭さをみせる城塚翡翠のキャラクターが秀逸です。相沢さんには、これまで好きだった女性キャラクターっていますか。

相沢:森博嗣さんのS&Mシリーズに登場する西之園萌絵ですかね。ふだんはお嬢様っぽいところをのぞかせて世間知らずだったりするけれど、たまに推理を披露するシーンでは理路整然と話す。そういうスタイルが好きだったので若干影響はあるかもしれません。森博嗣さんが書く女性キャラクターが好きで、探偵役としてはVシリーズの瀬在丸紅子がすごく好きなんです。今回の翡翠への影響があるとしたらその2人かな。

『invert』のカバーデザインも、読後に意味が浮かび上がってくる仕掛けに

――相沢さんはカバーデザインについてけっこう意見を出されるそうですが、今回はどうでしたか。

相沢:かなり伝えました(笑)。前回は表紙の遠田志帆さんの絵が小説の内容と結びついていて読んだ人へのインパクトにもなっていたこともあり、成功したのでしょう。読書をする時の物語に感情移入するだけではない体験というか、活字の外の次元でも読後に気づきがある面白いパッケージングだったんじゃないか。今回の『invert』ではデザイナーの坂野公一さんから城塚翡翠の二面性を表現したいと提案があり、ゆるふわな翡翠と探偵として意地悪な翡翠の両方を描くのはどうか、というラフデザインがいくつかあって、メガネがキーアイテムだから片方はメガネをかけていた。そのデザインを見た時、読者に前回と同じような体験をしてもらえるようにあれこれ考えて、遠田さんにはどういう風にでも解釈ができそうな構図の絵にしてくださいとお願いしました。色がどうだとか髪の明るさがとか、僕はいろいろうるさいんですよ。しまいには表紙に箔を使いたいとか(笑)。そんな無茶な要求をいろいろみなさんに叶えてもらい完成しましたので、感謝しています。

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