相田裕はなぜ“戦う女の子”を描くのか? 新作『勇気あるものより散れ』の制作秘話を聞く

相田裕が語る『勇気あるものより散れ』

 武士の世が終わりを迎えようとしていた明治の東京。死に場所を求めて大久保利通の暗殺計画に参加した元会津藩士の鬼生田春安は、ある人物に暗殺を阻まれたうえ、斬られてしまう。その人物というのは袴姿の少女で、しかも不死の力を持つシノ。死を望む春安だったが、シノは彼をある方法で助け、自らの眷属とする。それは「不死の母を殺し、自分も死ぬ」ため。しかし、そんなふたりに、明治政府と不死の兄弟たちが立ちはだかる──。

 第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞も受賞した人気作『GUNSLINGER GIRL』(KADOKAWA)の相田裕が放つ最新作『勇気あるものより散れ』(白泉社)は、明治時代の日本を舞台とした伝奇ファンタジー。『GUNSLINGER GIRL』ではサイボーグ化された少女が銃を手に欧州で戦ったが、今回は不死の少女が明治の東京で日本刀を振るう。果たして、その中でどんな物語が描かれるのか。その出発と今後、そして迫力のアクションと迫真のドラマを生む相田裕の漫画術に迫る。(渡辺水央)【インタビューの最後にサイン本プレゼント企画がございます】

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 日本刀や剣術には興味がなかった?

『1518! イチゴーイチハチ!(1)』(小学館)
『GUNSLINGER GIRL(1)』(KADOKAWA)

──新連載の構想は以前から考えていたんですか?

相田:『勇気あるものより散れ』の構想を作ったのは、前の連載が終わってからのことですね。ひとつ作品を抱えながら別の作品のことを考えるというのが苦手で、連載の執筆中は自分がその世界の住人みたいな感覚になってしまい、別の作品のイメージが全然湧かないんです。それで前の連載が終わってから構想を練ったせいで読者の方を待たせてしまい申し訳なかったです。前の連載の『1518! イチゴーイチハチ!』(小学館)は高校生の青春ものだったので、次はもっとドラマやアクション性の強いエンターテイメント作品を描きたいなということは最初から考えていました。じゃあ、具体的に何を描くかというのは、いろんなアイデアを出しては引っ込めで、試行錯誤してという感じでしたね。

──そしてたどり着いたのが、『勇気あるものより散れ』だったわけですね。

相田:代表作が『GUNSLINGER GIRL』なので自分が得意な題材は「女の子が戦う」ことなのかなと。『GUNSLINGER GIRL』は銃で戦っていたので、次は日本刀がいいかなと思ったんです。それを現代を舞台に描くのか、時代もので描くのか、そこでもいろんなパターンを考えました。

 実は一度、同人誌で読み切り漫画を試作しているんですよ。『青頭巾』という作品で、そちらは戦国時代後期を舞台にした伝奇ファンタジーだったんですが、商業連載としてはちょっと未完成な感じがして。そこからさらに検討を重ねていって、明治時代に行き着きました。結果、同人誌の原型はほとんどなくなってはいるんですが、春安やシノといったキャラクターの名前や固有名詞でその名残は残っています。

──銃から剣への転換というのも長年の読者にとっては驚きで興奮の要素だったと思いますが、日本刀や剣術にはもともと興味があったんですか?

相田:実はそんなにはなかったんです。逆に描くことになってから勉強して、興味を持つようになりました。『GUNSLINGER GIRL』に関しても、自身がガンマニアだったりイタリア好きだったから描いたわけではないんですよ。漫画で描くことになって必要だから調べていって、調べていく過程で好きになっていって。もともと歴史やヨーロッパが好きというのはありましたが、描いていくうちにハマッていくというのが僕のパターンなんです。新作を描く度に、若い頃にもっと知識をつけておけばなって思うんですけどね(笑)。

──舞台である幕末から明治に掛けての時代背景も、もともとお詳しかったのかと!

主人公・春安(@相田裕/白泉社)

相田:今も勉強中です。詳しいと思わせるのが漫画家の腕ということになるのかもしれないですね(笑)。ある漫画家の方が、「漫画家は別にそのジャンルの専門家になる必要はなくて、それらしく見えればいいんだ」とおっしゃっていたんですが、要は雰囲気ですよね。物語の雰囲気がちゃんと出ていることが重要で、その水準まではちゃんとしないといけないなと思って描いています。裏を返せば漫画上の嘘もついていて、完全な考証がなされているわけではないんですよね。どのくらいリアル感を追求すればいいのかというさじ加減は、これから単行本が出て、読者の方の反応を見て、また考えていきたいところです。

──リアル感で言えば、夜の描写がちゃんと暗くて、闇の重さや深みがすごいですよね。まさにあの時代の「雰囲気」が何より感じられる描写でもありました。その闇が、人ならざるものがいるということのリアリティにも繋がっていて……。

相田:そう言っていただけて、すごく嬉しいです。当たり前のことではあるんですが、昔は電灯がなかったので、夜は真っ暗で昼間の室内も明るくはないんですよね。そのことに取材や勉強で改めて「昔の日本は暗かったんだよな」と自分自身ハッとさせられたところだったので、そういう雰囲気が作品から伝わっていれば嬉しいです。当時の日本は西洋文明が入り始めた一方で、まだ人々が迷信や妖怪を信じていた頃でもあったので、その移り変わりの時代を舞台に伝奇ファンタジーを描く面白さを僕自身も感じています。

──幕末から明治を描くにあたって、まずは何をフックにして取材されたんですか?

相田:明治9(1876)年に廃刀令が出て、武士が刀を差して歩けなくなるんですが、物語の舞台をその直前にしようと。そこから男の主人公は戊辰戦争を生き抜いた人間にしようと決めて、戊辰戦争で会津藩がどんなことを経験したのかっていう歴史の勉強から入りました。いろんな本や資料で学んで、あとは幕末を扱ったNHKの大河ドラマなんかを取っ掛かりに雰囲気をつかんでいった感じです。

──その男の主人公である元武士の春安は死に損なって無為に生き永らえていた中、不死の少女・シノと出会って、物語は動き出します。不死という題材がアクションでもドラマでも生きていて、登場人物のいい糧にも枷にもなっていますよね。

相田:不死というのはエモーショナルな設定で、そこらへんは僕自身も好きなところです。戦う者にとっては死なないというのは強みでもありますが、死なないからこその辛さや苦しさもあって。ただ、普通の人間である僕が不死に思いを巡らせてもやはりその心境は分からないというか、正確に想像はできないです。単純に身体も衰えずに長生きできるとなったら、それはいいなと思いますけどね。たくさん漫画が遺せるので(笑)。漫画家って一生のうちに遺せる作品は有限なので、自分のペースで計算するとあとどのくらい描けるか分かるんですよね。若い頃はそんなこと考えなかったですが。…でも漫画を数百年描き続けるのは辛すぎるか(笑)。

──日本刀のアクションも見どころですが、そのアクションについて意識されていることはありますか?

相田:同人誌の読み切りで初めて漫画で日本刀を描いて、持ち方にしろ構え方にしろ、すごく難しかったんです。刃のついていない摸造刀を入手して、自分で持ってみてようやく「こういうことか」と分かってきて。両手で持つ棒状のものということで、野球のバットみたいなものなのかなと思っていたんですが、全然違いました。バットは基本的にどの面に当たってもいいから自由に振り回せるけれど、斬るためには刃を向けて振らないといけない。自分は右利きなので、どうしても右から左に振りたくなってしまうんですが、左から右の方が、振りぬくには自然な動きだと、模造刀を手にして分かりました。

 絵というのは、自分の頭の中でイメージが作れないと描けない。仮に見本の写真を見ながら描くとしても、感覚が自分の中で理解できないとうまく描けないというところがあります。ようやく今になって、慣れてきました。着物にしても洋服とは動きや仕草がだいぶ変わってくるので、違和感が取れるまで結構な時間がかかりました。描いていく中で、最近つかめてきたというか。それは背景の作画も同じで、描いていくにつれて自分の中であの時代のイメージができていってる感じがしています。実際に生きた時代ではなくて資料も少ないということでは、『GUNSLINGER GIRL』よりも大変かもしれないですね。

シノと春安の出会い・戦闘のアクションシーン(@相田裕/白泉社)

相田裕が描く女性キャラクターの魅力

菖蒲の登場シーン(@相田裕/白泉社)

──キャラクターに関してはいかがですか? シノと菖蒲(あやめ)の女の子ふたりがやっぱり魅力的ですね。それぞれにすごく凛々しく、健気でもあって。

相田:シノと菖蒲が出てくるときは自分でも楽しいですね。もともと女の子を描くのが好きで、それで絵を描いていたというのが自分の出発点でもあるので。ふたりともビジュアルに関してはすぐに決まって、シノは日本刀を振るうならやっぱり袴だろう、と。見た目は自分の好きな造形にしました。髪型は当時の女性らしくないものなんですが、周囲から浮いた感じが、彼女が特殊な存在であることを示してくれるんじゃないかと。菖蒲はシノと対比になる魅力を出したいと思って、活動的な恰好でスタイルも良くしました。健気さに関しては、自分で言うのもなんですが、僕の描く女の子のキャラクターはそういうところが魅力なのではないかな……どうですかね(笑)。共感してもらえたら嬉しいです。

──伝奇ファンタジーである一方で、実在の幕末の剣士が登場するのも面白いですね。

相田:そこを全面に押し出すつもりはないんですが、有名無名問わず、歴史上の人物が出てきたら面白くなるかなとは考えてはいます。春安もいろんな人と関わりがあったであろう経歴なので、色々と描く余地はあります。この作品を読んで、その歴上の人物のことを初めて知るという読者の方もいると思うんです。そこでさらに自分でいろいろ調べてみて、勉強になったなと思ってもらえるのも漫画の魅力なので、そんなところでも楽しんでいただけたらとは思っています。

──『GUNSLINGER GIRL』のラストは沈痛なものでもありましたよね。そこでズバリ聞いてしまいますが、今回はどういう方向に進んでいくんですか? 現時点では活劇としての軽快さやバディものの軽妙さも感じますが……。

相田:『GUNSLINGER GIRL』と比べて、ちょっと明るい雰囲気を取り入れていきたいなと思ってはいるんですが、今回も重めの設定が中心にあるので、上手くバランスをとっていけたらなと思います。こういう最終回になるかなということは考えているんです。ただ、そこは流動的なので、今はどちらも着地する可能性があって。ある意味それを決めるのは読者の方の反応かなと思います。何年も掛けてコツコツ描いていく中で、ストーリーが方向を変えていくというのも連載の醍醐味なんですよ。描いている本人もどこに行くか分からない旅路みたいなもので、そこが面白いところでもあるんです。今後ヒロインの兄弟たちをはじめ、新たな登場人物が色々出てくることになると思うので、僕の作品らしい群像劇が展開していくことを楽しみにしていてください。

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