“安西先生”にそっくりな殺し屋!? 『SAKAMOTO DAYS』圧倒的な画力が冴えるアクションシーンを堪能せよ
第一話の狭い店内でシンと坂本が戦う場面では、商品が散らばる中、背後をとった坂本が蹴りを食らわすことでシンを棚ごと吹っ飛ばすシーンに至るコマの流れが実に見事で、動いているかのように感じさせてくれる。見せ方は『AKIRA』(講談社)の大友克洋が得意とした、コマとコマの間をうまく省略することでキャラクターの動きを読者に想像させるという正攻法で、読めば読むほど「漫画が上手い」と感心する。
次の第2話には、犯罪者に占拠されたバスを坂本とシンがバイクで追いかけるシーンがあるのだが、バイクアクションの疾走感もたまらない。バイクでバスの屋根に飛び乗ると、シンは窓を蹴り破って社内に入り、つり革を両手で掴んで足技で犯罪者の首を締め上げる。一方、坂本は、暴走するバスを道路標識がついたポールを使って止めるのだが、どちらも派手なシーンでありながら、ディテールが細かく、身の回りにある小道具を武器にして戦う場面は良質のアクション映画を見ているようだ。
第3話には、捕まったナカセ巡査を助けるために坂本とシンが暴走族のアジトで戦う場面があるのだが、煙幕の中で2人が暴走族を倒していく姿を見開き2ページを19分割にして見せている。アクションシーンは毎話バリエーションが豊かで「次はこう来たか」と驚かされる。
戦いの舞台となる中華街や遊園地といったロケーションの見せ方も見事だ。細密だがディフォルメの利いた背景画が実在感のある箱庭的世界を構築している。
家族と暮らす日常を守るために、坂本は次々と現れる殺し屋と戦うことになるのだが、次第に殺し屋の戦闘レベルも上がってきている。第6話に登場した変装と暗殺を得意とする南雲は坂本とは同期の殺し屋で、他の敵とは桁違いの能力を見せている。今後、こんな奴が増えていくのだろうか?
ジャンプ漫画のヒットの定石を考えると、敵も味方も戦闘力がインフレし、やがて異能バトル路線へと向かいそうだが、無口な太ったおじさんが主人公という時点で『SAKAMOTO DAYS』はジャンプの王道からだいぶ外れている。もしかしたら、このすっとぼけたトーンで最後まで進むのかもしれない。
これだけアクションが上手いのだから、鈴木祐斗にはバトルに特化した漫画も描いてほしいが、それは次回作でいいのではないかと思う。『SAKAMOTO DAYS』からユーモアが消えて、バトル一辺倒となってしまうのは寂しい。アクションと笑いのバランスはこのままで、坂本の「何て事ない日常」が末永く続いてほしい。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
鈴木祐斗『SAKAMOTO DAYS』(ジャンプコミックス)
著者:鈴木祐斗
出版社:集英社