動物漫画の金字塔『動物のお医者さん』、写実的な絵で伝える普遍のメッセージ
5月1日からアプリ「マンガPark」にて全話無料公開が告知された途端、ネット上で瞬く間に話題をさらった作品がある。佐々木倫子による『動物のお医者さん』である。1987年から1993年まで白泉社『花とゆめ』にて連載され、コミックスは2,160万部以上の売上を記録。シベリアンハスキーブームを生み出したり北海道大学の入学希望者が急増したりと、社会に大きな影響を及ぼした。幅広い層の読者から愛され、今なお動物漫画の金字塔的存在である本作の魅力を考察してみた。
主人公は西根公輝。本当の読み方は「まさき」だが、友人の二階堂には「ハムテル」と呼ばれていたり、同居している祖母には「キミテル」と呼ばれていたりしている。本人は変なあだ名で呼ばれることにあまり頓着していない。ハムテルは高校生のときに友人の二階堂と近道をするためにH大学の構内に入り、獣医学部解剖学教室の横を通る際にシベリアンハスキーの子犬と遭遇する。子犬は獣医学部の漆原教授に捕獲されてしまうが、実験に使われてしまうのではないかと思ったハムテルは教授を呼び止める。知り合いに頼まれたが、もらい手が見つからなくて困っていた子犬。良い飼い主になってくれそうだと感じた教授は「キミは将来~~~獣医になる!!」と予言し子犬をハムテルに託す。このシベリアンハスキーこそが本作の看板犬「チョビ」である。ハムテルはこのあとH大学に無事合格し、獣医学部へと進む。
ハムテルに負けず劣らず周りの登場人物たちも奇人・変人に富んでいる。祖母や漆原教授に加えて友人の二階堂、講座の先輩である菱沼、みんな揃ってどこか変わっている。作者がキャラに肩入れしすぎず、この人物はこういう人であると距離をとって提示しているため、読者であるこちら側も「こういう人いるよね」という気持ちで読み進めることができる。
幅広い層におすすめできる理由として大きいのは「シリアスなシーンがほぼなく終始コメディータッチ」「動物モノにありがちな感動の押売りがない」という点だろうか。動物を含めて誰かが傷ついたり亡くなったりということがほとんどないので最初から最後まで安心して読める。それと私がいちばんいいなと思ったポイントは「少女漫画でありながら、恋愛要素がほぼない」ということ。恋愛は必ずしも万人に必要なものではないと教えてくれる作品が、30年近くも前に存在していた。その事実が心の負担を少しだけ軽くしてくれる。
そして、最大の特徴として「動物が写実的であること」が挙げられる。他の動物漫画を見るとわかるのだが、動物たちがデフォルメされているパターンが圧倒的に多い。動物を実物に近い形で描くというのは殊の外難しく、図鑑を参考にしたり実際の動物をモデルにするにも限界がある。なので動物たちが漫画の中でデフォルメされてしまうのは半ばしょうがないことではあるのだが、本作品ではどの動物においても本物に忠実に描かれている。写実的な絵の上に、彼らの考えていることや思っていることがレタリングの明朝体で書かれている。この写実的な絵と明朝体のバランスが絶妙なのだ。絵がリアルだと恐いという印象が強くなってしまうが、頭の上の文字が彼らの愛らしさをうまく引き出してキャラクター化している。