山下和美『ランド』が手塚治虫文化賞を受賞した理由は? 哲学的な問いと圧倒的な絵力を考察
また、「第66回(2020年度)小学館漫画賞」の一般向け部門を浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下、『デデデデ』)が受賞したことも踏まえ、「ジャンルも作風も全然違いますが、『デデデデ』でも何が起きるかわからない、目に見えない不安の中でそれに抗う人たちの姿が描かれている。浅野いにお先生も、『未曾有(みぞう)の状況下でも普通の人たちは懸命に生きている』っていうことを何よりも描きたかったのではないかと思います。もともと『デデデデ』は、東日本大震災の後で日本を覆(おお)った目に見えない不安感を暗喩(あんゆ)している作品でしたが、いま読むと、それはコロナ禍に置き換えることもできます。作者が意図したかどうかは別として、漫画というものは時代を映し出しますから、『ランド』も『デデデデ』も、審査員たちがそういう“時代性”を感じ取って選んだのではないでしょうか」と2作の共通点を語った。
また、『ランド』は山下にとっての新しい挑戦も見られる作品だと島田氏は続ける。
「山下先生の漫画は、今までは読切の連作が多かったのですが、今作では続き物の、かなり尺の長い物語に挑んでいます。絵的にも、墨絵っぽいカットが突然挿入されたりと、新しい実験をされていますよね。優れた作家は誰もがそうだとも言えますが、こうした、安定した場所にとどまらない態度は尊敬に値します」
最後に、今回の受賞で山下を知った人や、『ランド』を読んで他の作品も気になった人向けの作品を訊いた。
「『ROCKS』という短編漫画が最高です。音楽が好きな男子高校生が主人公で、ある時、30年くらいバンドをやってるカリスマミュージシャンのライブを見て憧れる。一方、うちの親父は……と主人公は冴えない父親を馬鹿にしているんですけど、実はそのお父さんはカリスマミュージシャンとかつてバンドを組んでたベーシストだったっていう話です。で、このお父さんが物語のクライマックスである行動に出るんですけど、それがとにかくロックンロール! と、まあ、ほとんどオチを言っちゃってますが(笑)、漫画やロックが好きなら絶対に感動すると思いますので、ぜひ読んでほしいです。ひと言で言えば“カッコ悪いことを受け入れることでカッコよくなれる”という話なんですが、山下先生の反骨精神がよく表れていて、コロナ禍だのなんだのでどんよりしてる気分をスカッとさせてくれる痛快な1作です」とおすすめ。
なお『ROCKS』は『山下和美【短編集】』、音楽系の短編を集めた『山下和美音楽短編集 コンチェルト』(ともに講談社)に収録。いずれも紙の本は品切中だが、電子書籍では販売されている。また、公開終了時期は不明だが、現在、講談社の漫画アプリ「コミックDAYS」(https://comic-days.com/episode/10834108156645265810)でも全編無料で読むことができるので、『ランド』とはまた一味違った山下和美の世界を堪能してみてほしい。