芥川賞『推し、燃ゆ』、直木賞『心淋し川』、このミス『元彼の遺言状』がトップ3に 文芸書ランキング
3位の新川帆立『元彼の遺言状』は、1月に刊行されたにもかかわらず、はやくも15万部を突破した『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。お金にしか興味のない弁護士の剣持麗子が、学生時代に3カ月だけ付き合った大手製薬会社の御曹司・森川栄治の遺した、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という言葉をきっかけに、友人の代理人となり、いかに罰を受けず、遺産を勝ち取るかを思案する、というあらすじだけでそそられる作品である。
インフルエンザで死んだことは疑いようもなかった当初は頭脳戦の様相をみせるが、調査中に殺人事件が起きてしまい、一気にミステリー色が強くなる。エンタメ性の高い物語だけでもじゅうぶん楽しめるが、同時に、本書のそこかしこで語られる「贈与」のテーマも見逃せない。近頃では、田島列島のマンガ『水は海に向かって流れる』、千葉雅也の小説『デッドライン』でも用いられたモチーフでもある。
人々が贈与しあうことで社会は機能していると説いた人類学者モースの贈与論。そして、過剰な贈り物にさらに過剰な贈り物を返していくことによって、最終的には相手をつぶしてしまう競争的贈与。冒頭で、40万円の指輪を贈りプロポーズしてきた恋人に激怒し、120万円の予算が妥当だと麗子が返すシーンがあるが、人に与えられるものの何が過剰で、何が妥当か明確にさだめるのはむずかしい。推定何十億という栄治の遺産を前にしても、どれだけが自分の取り分として妥当なのか、欲望を抜きにして考えることも、困難だ。
けれど麗子には、それができる。指輪のシーンには反感を抱く読者もいるかもしれないが、彼女はむやみに「高い」指輪を求めているわけではなく、自分の容姿と能力(収入)をかんがみて「一般予算の3倍が適当」と判断しているのだ。自分の価値を、自分で決めて、主張することができるその生き様は、清々しくて美しい。真相に辿りつくまでの筆致を含め、爽快な気分にさせてくれる小説である。
■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行い、現在「リアルサウンドブック」にて『婚活迷子、お助けします。』連載中。
あわせて読みたい
『推し、燃ゆ』で描かれた新しい愛の形
芥川賞候補作に共通した「テーマ」とは?
西條奈加『心淋し川』が激戦の直木賞を制した理由は?
「わきまえない女」が活躍する異色ミステリー『元彼の遺言状』
加藤シゲアキ『オルタネート』が問う、SNS時代の人間関係