もしも自分の全てを捧げた“推し”が炎上したら……『推し、燃ゆ』が描く、新しい愛の形
推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。
冒頭で一気に引き込まれ、読み終えた今も目の前がチカチカしている。痛くて、つらくて、1ページ読む毎に魂を削られていくようだった。それでもこの物語を読まねばならないと思った。2019年に第56回文藝賞を受賞し、20歳という若さでデビューした宇佐見りん。そんな彼女の第2作目『推し、燃ゆ』はアイドルに自分の全てを捧げる女子高生のあかりが生きる意味を失っていくまでを描いた壮絶な物語だ。
アイドルグループ「まざま座」のメンバー上野真幸がファンを殴った。そのニュースは瞬く間に拡がり、炎上し、あかりが事実を知ったときには取り返しのつかないところまできていた。グループ内の人気投票を控えながらも火はどんどん燃え広がっていく。
去年までとあるアイドルグループのひとりを推していた同級生の成美は、メンズ地下アイドルに夢中になっている。「触れ合えない地上より触れ合える地下」と主張する彼女は、恋人同士のような距離で撮ったチェキをあかりに見せてくる。
あたしは触れ合いたいとは思わなかった。現場も行くけどどちらかと言えば有象無象のファンでありたい。相手の一部になり歓声の一部になり、匿名の書き込みでありがとうと言いたい。
地の文であかりは、彼のことを名前で呼ばず「推し」と呼ぶ。作中に出てくるブログの文章でも、頑なに「推しくん」「彼」というような呼び名を使い、名前を呼ぶのは最小限にとどめている。どうしようもないところまで深く愛していることを自覚しながら、最後の一線だけは保とうとしている彼女のいじらしさに心の奥の方が締め付けられる。
定食屋でアルバイトをしているあかりは推しに惜しみなく愛を注げるようにギリギリまでシフトを入れている。
「アイドルのね、追っかけをしているんだって、ねえ」幸代さんが裏口の扉を缶類の入ったケースでおさえる。
「ええ、アイドル」とタンクトップの人が声を上げる。
「やっぱし、若い子はいい男じゃなきゃ駄目なのよね」
「若いからいいけど、現実の男を見なきゃあな。行き遅れちゃう」
「あんたみてると馬鹿らしくなる。否定された気になる。あたしは、寝る間も惜しんで勉強してる。ママだって、眠れないのに、毎朝吐き気する頭痛いって言いながら仕事行ってる。それが推しばっかり追いかけてるのと、同じなの。どうしてそんなんで、頑張ってるとか言うの」
推しを追いかけるという行為は、その存在がいない人にはなかなか理解してもらえない。バイト先の常連のおじさんに、姉に、心ない言葉をぶつけられても推しを追いかける。理解して欲しいなんて思ってない。ただ受け入れてほしい。それだけのことが叶わない。〈全身全霊で打ち込めることが、あたしにもあるという事実を推しが教えてくれた。〉推しという存在を通して生きがいを見出していく。そのことを誰にも邪魔する権利なんてない、はずなのに。
人気投票では例の炎上を受けてか推しは最下位に転落してしまう。あかりは学校を休みがちになり、留年か中退かを突きつけられて中退を選ぶ。高校を辞めたあかりは両親から就職を急かされ、生活費をもらいながら亡くなった祖母の家で家族から離れて暮らすようになる。
そんな折、推しが一足先に配信でグループが解散することを明言する。解散発表の会見に現れた推しの左手の薬指には銀色の指輪が光っていた。