結婚しなくても幸せになれる時代、それでも結婚したいのは――『婚活迷子、お助けします。』最終回

『婚活迷子、お助けします。』最終回

婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

 二人が帰ったあと、なんだか放心してしまった華音を見て、陽彩が「やっぱり飲みましょう」と言った。とっておきのウイスキーとやらをとりだしてきたのに渋面をつくってみたものの、時計をみれば終業時刻まであと30分。返さなくてはいけないメールのいくつかが脳裏をよぎったが、ちょうど折よく、紀里谷が出張から帰ってきた。

「さあさあ、報告して! 幸次郎さんはどんな人だった? 志津子さんの様子は? どういう経緯でうまくいったの。お母さんは大丈夫?」

 と、疲れているだろうに興奮状態で矢継ぎ早に話す紀里谷を見て、観念する。たまにはこういう日があってもいい、とデスクの引き出しからとっておきのチョコレートをとりだした。月末、自分へのご褒美にひとりで食べようと思っていたのだが、上等なウイスキーとあわせたほうがチョコも喜ぶだろう。

「結婚なんて、別にしてもしなくてもかまわないんだよ、結局のところ」

 と、事の経緯を聞いた紀里谷は、結婚相談所の所長らしからぬことを言った。

「みんなただ、幸せになりたいだけなんだ。そして多くの人は、死ぬまでひとりきりで生きていくのはさみしいと思っている。だから結婚したくなる」

「えー、でも結婚したからって、ずっと一緒にいられるとは限んないっすよね?」

 ぴんとこない、というように首をかしげた陽彩に、紀里谷はあっけらかんと笑う。

「そりゃあ、そうさ。僕だってバツ3だからね」

「えっ、まじっすか!」

「知らなかったの? 所長は恋多き人なのよ」

 注ぎかけのウイスキーをこぼしかねない様子の陽彩に、華音は苦笑する。

「その言い方は誤解を招くなあ。僕は、浮気をしたことはないよ。他に好きな人ができて別れた、ってことだってない」

「逆にそれでバツ3ってすごくないっすか。原因はなんだったんすか」

「一度目は大学卒業したばかりで、まあ、お互いに若すぎたんだね。付き合っているぶんにはいいけど、生活をともにするということがよくわかっていなくて、1年もたたずに向こうが出て行っちゃった。ギリギリ20代で再婚したけど、奥さんに好きな人ができて3年くらいで終わったかな。それで三度目は……まあいいや、長くなるから」

「いや、気になりますって!」

「とにかく、そんなわけだから僕は、結婚したってこれは違うなと思ったらやめればいいと思っているんだ。もちろん一度で運命の相手に出会えればそれが一番だけど、人によって適齢期は違うし、その失敗があったから次の人との縁に繋がった、みたいなこともあるからね。多くの人は失敗しない結婚をめざそうとするけど、結果的に失敗してもいいやくらいのほうがうまくいくこともあると思うんだよなあ」

「まあ、バツ3の所長に言われてもあんまり説得力はないですけどね」

「いやいや、四度目の正直で今の奥さんに巡り合えているんだから、結果オーライだよ」

 華音のツッコミにも、紀里谷は動じない。けれどふと遠い目をすると、陽彩に渡されたグラスをゆらし、氷を鳴らした。

「親は基本的に、自分より早く死んでしまう。独身同士、一緒に生きていこうと誓った友達だって、突然の出会いで結婚するかもしれないし、異国へ旅立ってしまうかもしれない。おいていかれるのは、さみしいものだよ。誰かと共に過ごす時間の喜びを知っていれば、なおさらね」

「……女性の場合、30歳前後で人間関係ががらりと変わりますしね。こんなにも友達が減るものか、と驚きました」

「ねーさん、もともとそんなに友達多くないっしょ」

「うるさいな。そういう私でも感じるんだからよっぽど、ってことよ。正確には、友達は友達のままだけど、結婚して子供が生まれると、これまでと同じようには予定をあわせられなくなるからね。今日誰かに会いたい、話を聞いてほしい、っていうときに頼れる人がいないっていうのは、けっこう切なかったな」

「……そんなときがあったんすか」

「あったんす」

「まあ、だからね。結婚しなくても幸せになれる時代ではあるけれど、それでも結婚したい……共に生きていく人を見つけたいと思うみなさまの応援を、僕たちは引き続きしていきたいと思います。というわけで、まずは志津子さんの前途を祝して乾杯!」

「乾杯!」

 朗らかな音頭に、華音と陽彩もグラスを掲げる。それほどウイスキーに強いわけではないので、ちびりと舐めるように一口飲むと、むわっとアルコール臭が強く迫ってきたあとに、蜂蜜のような甘みが口の中に広がった。

 志津子と幸次郎の睦まじい姿を思い出す。結婚してもしなくても、人は幸せになれる。だけど、ともに生きる誰かがそばにいてほしいと願うなら、一度は結婚してみてもいいのかもしれない。やっぱり違うと思ったら、そのとき、またいちばんいい道を探せばいいのだ。失敗したっていいのだと、思えたことは華音の心もわずかに軽くした。

 今はまだ、自分が結婚することにそれほどポジティブなイメージはもてないけれど。

 志津子と幸次郎の幸せを祈るように、会員たちの後押しをしていくことで、また思い描く未来が変わっていくかもしれない。

 もう一口飲むと、かあっと全身が火照るような気がした。これは飲みすぎるとよくないぞ、と思ったところでぶるるとスマホが震える。ロック画面に映し出された名前は、中邑葉月。現状、華音の担当しているなかで、もっとも苦戦している会員だ。正直、見合い相手に対する葉月の文句が多すぎて、ときどき辟易することもあるのだけれど。

 ――一緒に、幸せを探していきましょう。

 思い直して、気合を入れる。そのために仲人である自分たちはいるのだと、華音はグラスを置いて、デスクについた。

(終)

(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)

※本連載は、結婚相談所「結婚物語。」のブログ、および、ブログをまとめた書籍『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』などを参考にしております。

結婚相談所「結婚物語。」のブログ

『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「小説」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる