ケラリーノ・サンドロヴィッチが語る、戯曲の楽しみ方 「親切じゃないところが面白い」

KERAが語る、戯曲を楽しむ方法とは

 ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が、今も続く劇団ナイロン100℃(1993年旗揚げ)の前身となる、劇団健康を立ち上げたのは1985年。実に35年に渡り演劇の世界を歩み、述べ100作品以上を上演してきたKERAが、2008年以降に執筆した戯曲をまとめた『ケラリーノ・サンドロヴィッチ自選戯曲集』が2冊同時発売となった。

 「ナイロン100℃篇」では、2008年〜2018年の11年間にナイロン100℃が上演した『社長吸血記』『ちょっと、まってください』『睾丸』など不条理・ナンセンスコメディ作品を中心に5作品を収録。「昭和三部作篇」には、2009年〜2017年にシアターコクーンで上演された昭和の東京を描いた『東京月光魔曲』『黴菌』『陥没』の「昭和三部作」が収録されている。

 今回、リアルサウンドブックでは、印刷物フェチを公言するKERAの装丁へのこだわり、戯曲の楽しみ方、そしてKERAにとって“面白い”芝居とは何か、「観客を信じる」とは一体どういうことなのかを訊いた。(河野瑠璃)

印刷物フェチとしてこだわった装丁

ーー戯曲集についてお話を伺いたいのですが、まず何より装丁がとてもかっこいいですね。背表紙がなくて斬新で、パッと開いたときに綴じ糸が見えるのも素敵です。

KERA:コデックス装がずっとやりたくて、やっと実現しました。パンフレットのような薄いものだと糸が見えなくて活きないし、製本に時間がかかるから難しいんです。今回出来てよかった。ビニールカバーも、“早川書房”って感じじゃないですか。色合いとかも含めて、昭和40年代くらいの本棚に並んでそうな感じになればいいなと思ったんです。デザイナーさんとカメラマンさんも素晴らしい仕事をしてくれました。

ーー表紙の写真も素敵ですよね。

KERA:担当の編集者の方が、撮影の時に「まだ御存命なのに、戯曲集の表紙が御本人の写真ってあまりないけど、いいんですかね」ってボソッと言ったのが面白かった(笑)。でも筒井康隆さんとか、率先して表紙になるじゃないって。最初選んだのはもっとスカしてる写真だったんですけど、緒川(たまき)さんが「これとこれに変更した方がいいんじゃないか」と提案してくれて、選び直された2枚なんですよ。

ーーKERAさんは印刷物フェチとのことで、昨年は、NHK Eテレの『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』でブックデザイナーの祖父江慎さんと対談されていましたね。

KERA:本当に素晴らしい人ですね、祖父江さんは。面白いし、人柄も魅力的だし。「そんな印刷方法は無理だ」って言われると、「じゃあ僕が掛け合う」って工場まで行っちゃうんだって(笑)。印刷に著者の電動カミソリの中に溜まったヒゲを使いたいって言うエピソードはテレビではオンエアされてなかったかな。印刷方法にはOKが出たんだけど、そのためにはポリバケツ1杯分のヒゲが必要だと言われて断念したそうで(笑)。

ーー結局、叶わなかったんですね(笑)。見てみたかったです。

KERA:昔は、いわゆるアート本ではなくても、面白い装丁の本が沢山ありましたよね。赤塚不二夫さんとか、赤瀬川原平さんとか、あえて落丁を作るとか変なことをいっぱいやっていた。表紙が何枚もあるとかね。めくってもめくっても表紙(笑)。筒井さんも原稿上で10行空けとかやって、白紙ページが入っていたりする。でも今は実験っていうか、面白いことが……面白いと思ってくれる人が少なくなってるからなんだろうけど、出来なくなってる。

ーーKERAさんは、劇団のパンフレットでもいつも面白い試みをされていますよね。

KERA:ナイロン100℃のパンフレットもプロデュース公演のパンフもこだわってるけど、最近はシンプルな方向に興味が移ってきてますね。デザインも写真も判型も。劇団健康の再結成時のパンフレットがすごかったんですよ。ヘンテコなモノはあれがピークかな。何十種類もの大きさと種類の違う紙を使って作った。それを祖父江さんに見せたら、「キャー!」って歓喜してくれて、カメラが止まった後もしばらく眺めてくれてた。

ーー昔から印刷物フェチでしたか?

KERA:原体験としては、やっぱり絵本とかコミックなのかな。喘息で5歳の時まで家にこもってたから、本を読み始めたのも人より早かった。『少年マガジン』とか『サンデー』とかは、読む前にまずインクの匂いを嗅いでたのをよく覚えてますよ。あとは映画のパンフレットやレコード、後にはCDジャケットも、好きなものは抱きしめて眠ったりしていました(笑)。規格外のものが特に好きで、映画のパンフレットでいうと、川勝正幸さんが編集してたものとか、CDジャケットでいうとピチカート・ファイヴとか、信藤三雄さんがデザインしたもの……とんでもないものが多かったですよね。そういうものを一日中眺めたり、匂いを嗅いだりしていました。レコード盤なんか、国内盤と輸入盤ではジャケットの匂いが違うんですよ。今は、感染症対策で劇場の折り込み(入場時に配られるチラシ)が一時的に無くなっちゃったけど、折り込みチラシも、変わった印刷のものを見つけると、まずは匂いを嗅ぎます(笑)。

戯曲集出版のきっかけ

ーー今回の戯曲の出版のきっかけはなんだったんでしょうか?

KERA:出版社さんの方から「旧作をまとめて本にしたい」とのお話をいただいて、びっくりしたんです。三年前ですかね。戯曲は基本新作じゃなきゃ売れないから、過去の戯曲を活字にするのは半ばあきらめていたのに、そんな風に言っていただいて……まさかこんな話が来るとは思わなかったし願っても無いことだった。初めてのミーティングには、編集の方が野田(秀樹)さんの戯曲集を持ってきていたのを憶えています、非常に熱意を感じました。

 でも、やっぱり戯曲集の企画を通すのは、どこの会社でも大変です。実は、昭和三部作はそれ以前にいろんな出版社に話を持って行ってたんです。でも、「昭和史に絡めた読み物と抱き合わせならば出せるんですが」みたいに、戯曲がついてる別の本っていうような口実がないと企画が通らないみたいで、暗礁に乗り上げていました。今回の計画も一度白紙に戻ったりもしたんですよ。僕は僕で、「こういう形でないと嫌だ」みたいな駄々を沢山こねましたしね。やっぱり残るものなんで。

ーー本当は上中下と3冊で作りたかったとあとがきに書かれてましたね。

KERA:収録する作品の数をできるだけ増やしたかったんです。「この作品が収録されるならこっちも入れてあげたいな」っていう、こぼれ落ちるものをできるだけ少なくしたいっていう気持ちがあった。変な言い方ですけど、作品やそれに関わった人たちに対する親心もあって。結局「ナイロン100℃篇」は、当初4本の予定だったのを無理矢理5本収録にしてもらいました。

ーー最後に選ばれた幸運な戯曲はどれだったんですか?

KERA:『社長吸血記』ですね。この作品は『怪奇恋愛作戦』っていうドラマのロケハン中にチラシの色校がきたのをよく覚えてるんですよ。ロケバスの中で番組のスタッフに色校を見せて会話したのを憶えてる。内容の細部は忘れているのにそんなことばかりやけに憶えてるんだよね。「このシーンを書いているときに猫に何があった」とか。

ーー今回は「自選」戯曲集ですが、なぜこの5作を選んだんですか?

KERA:例えば『キネマの恋人』は、単体で戯曲を出版してもらったんです(早川書房)。最新作の『ドクター・ホフマンのサナトリウム』もすでに本になってる(論創社)。『消失』や『百年の秘密』は文庫に入ってるし(ともにハヤカワ演劇文庫)、『わが闇』(論創社)、『カラフルメリィでオハヨ』(白水社)等もすでに出版されている。要はまだ本になってない作品から選んだってことですね。『ノーアート・ノーライフ』とか、何本かこれも入れたかったなっていう作品もあったんですけど。旧作って読み返すのが辛いんですよ。つまんなかったらどうしようって(笑)。直しちゃったら意味ないじゃないですか。過去の戯曲を自分で添削することほど無意味なことはない。上演した時の自分を尊重しなきゃいけないっていう思いがあるんです。でもその一方で、読んで「うわあ……」とか「あっちゃー」っていう気持ちになるのが嫌で、なかなか読み返せない。

ーー収録作品は読み返してみていかがでしたか?

KERA:「ナイロン100℃篇」で一番古い『シャープさんフラットさん』とか、「昭和三部作篇」で一番古い『東京月光魔曲』とかはかなり面白く読みました。と言うのも、忘れてるんですよ、展開を。ラストシーンくらいは憶えてたけど。僕の作品は群像劇だから、登場人物たちがそれぞれどうなっていくかっていうのをもう大方忘れていて、他人の戯曲を読むみたいに面白く読めました。

ーーKERAさんが多作だからこそ、新しいものを書いているうちに古いものを忘れてしまうんでしょうね。

KERA:役者さんと一緒ですね。役者も驚くほど覚えていないんですよ。やっぱり新しいものを覚えるためにはどんどん忘れてくことが必要なんでしょう。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる