ケラリーノ・サンドロヴィッチが語る、戯曲の楽しみ方 「親切じゃないところが面白い」

KERAが語る、戯曲を楽しむ方法とは

戯曲は“親切じゃない”ところが面白い

ーー私も実際に見た作品の戯曲なのに、読んでみると忘れていたシーンがたくさんあって、改めて楽しむことができました。

KERA:活字で読むと、出来上がった舞台で強調されたり逆にさらっと流したり、演出によって施されるコントラストがまだついてない部分が圧倒的に多いから、すべてが等価に書いてあるような印象があって、その点も面白いですよね。

ーーKERAさんが以前、別のインタビューで「読み方が分かると戯曲は楽しい」と答えていましたが、具体的にどういう読み方をするといいですか?

KERA:劇場で芝居を観るのと違って、中断しながら好きな時に読めるというのが本の素晴らしいところだと思うのですが、戯曲に特化すると……うーん。その芝居を観劇済みで記憶が鮮明な人と、未見の人とでは読み方が違うかもしれないですね。記憶があると、どうしても原作はどうなのみたいな、映画を見て原作を読むときのような感じになるでしょう。でも、僕は上演を見る前のタイミングで読むことが多いし、個人的にはそっちの方が楽しいかな。

ーーそれはなぜですか?

KERA:自分で一回演出できる、あるいはキャスティングできるから。この人はきっとこの役をやるだろう、そしてきっとこんな風に演じるだろうとか、自分でセットを思い浮かべたりもできる。それで実際の上演やDVDを見て、ぎょっとしたり驚いたり、「素舞台か……」ってがっかりしたり、色々ですけど。

 単純に舞台で発せられるセリフがそのまま羅列されているだけの戯曲も多いしね。特に翻訳劇はほとんどト書きがなかったりするから、それを頭の中で自由に想像して組み立てていく楽しみっていうのは、やっぱり戯曲ならではなのかなって思います。

ーーなるほど、小説よりも読み手の自由度が高いですね。

KERA:例えば小説だと、地の文で情景描写や心理描写がある。「彼は内心こう思った」みたいな。戯曲に内心はあまり書かれていない。親切じゃないところが面白いんですよね。上演を見ることが叶わなかったとしても、想像力を働かせていろんな解釈ができる。演劇をやってる人は、声に出して仲間と読んでみると、自分が黙読した時と違う読み方をきっと人はするので、それも面白いですよ。

ーーいろんな楽しみ方ができますね。

KERA:あと、僕自身はね、ともかく好きな作品を“持っていたい”。作品により近いのはDVDやブルーレイなんでしょうけど、文字だと映像で見るのとはまた違った反芻の仕方ができるのが魅力的。それに、やっぱり印刷物フェチとしては、本の方が嬉しいの(笑)。

昭和を描いた理由

ーー私は『陥没』がすごく好きだったんですが、なぜ三部作で昭和を描こうと思われたんですか。

KERA:最初は昭和“初期”三部作の予定だったんです。でも『黴菌』で終戦まで描いてしまって、三本目を考えた時にもう“初期”ではないだろう、と。三作目の『陥没』は1964年、東京オリンピック目前の頃を描きました。すでに自分が生まれた後の時代を初めて描いた。僕は0〜1歳だったので、もちろんその時期の記憶はないんだけど、日本て国が最も変貌した時期だと思います。戦後の焼け野原からガムシャラに復興させて、先進国にしてしまったんですからね。その時の極端な変貌ぶりっていうのが、とても興味深いんです。『ナイス・エイジ』も、家族がいろんな時代にタイムスリップする話だったんだけど、やっぱり戦争が終わる直前と、1964年、1985年にタイムスリップさせていた。

ーーもともと興味があった時代だったんですね。

KERA:そうですね。『黴菌』は、戦争が終わっちゃったことを嘆く三兄弟のラストシーンを書き始めた時から決めていたし、『陥没』はオリンピックで日本中が浮かれているときに、急に立ち行かなくなった人たちがいたらどうかなって言う発想から生まれました。

ーー昭和という時代の中で生きる“人々”にきちんと焦点が当たっていて読み応えがありました。

KERA:「戦争の悲惨さ」とか、「高度経済成長期がもたらした躍進」とか、そうした表立ったことの裏側にいたであろう人々に興味があるんです。光が当たっていないところでは非人間的な扱われ方をした人がたくさんいたんだろうし、許されるべきではないことがいっぱい行われたと思うのね。まあ、ほとんどは想像による創作ですけど。ルポルタージュ的なものも読みますけど、取材しまくって事実に即して書くっていうことはほとんどしません。それをやっても井上ひさしさんにはかなわないので、大方はフィクションで、こんな人たちがいたらどうだろうっていう想像力で書いています。

観客を信じる

ーー以前、お芝居を「分かりやすくする」行為は作品にとってはマイナス要因なんじゃないか、と答えているインタビューがあって、とても印象に残っています。

KERA:自分の作品にとっては、という意味で答えてたのだと思います。テクニックとしては「分かりやすくする」方が簡単だと思いますけど、ただもう僕は手癖で「分かりやすくし過ぎない」癖がついています。分かりやすく書くには、物事の情報を順番通りに説明するとか、聞き逃してしまいそうな情報はセリフで可能な限り繰り返すとか、他にも色々あるけどそういうテクニックがある。でも、例えばチェーホフは、まったく順番通りじゃなくて、本当に妙な順番で人物を登場させるんだよね。『桜の園』でも、ラネーフスカヤから出しゃいいのに、メイドのドゥニャーシャと、外部の人間であるロパーヒンの会話から始めるわけですよ。でもこの外堀から描いていくっていうのが、面白いなと思うのね。

ーー頭を使うからこそ見る方も面白いですよね。

KERA:そう。観客として観ていると、分かりやすい芝居は必要以上に説明されている感覚になるんですよ、なんかバカにされているような気分になっちゃう。セリフを聞き逃してしまっても、「そっかそっか、あそこはきっとああいうこと言ったのを聞き逃しちゃったんだろうな」って後から分かったりするじゃないですか。お客さんの想像力を尊重するというか、信じて作品を作っていきたいと思っています。

ーーお客さんに伝わらないかもと不安になることはありませんか?

KERA:ここは分かりづらいかもなって、作り手の方から親切に降りて行ってしまうと、そんなことしなくても分かる人がシラけるんじゃないかなって思うんですよ。もちろんその計算が狂って、大方の人に伝わらなかった経験もあるんだけど、それも含めて作品なんじゃないかなと思うんですけどね。

ーー戯曲を出したことで、高校演劇をはじめケラさんの舞台を上演してみたいと思う人も増えそうですね。

KERA:そうですね。僕も一時期と考え方がだいぶ変わって、上演したいって言ってもらえるととても嬉しいし、どんな風に変えても構わないから上演してもらいたいなという風に思います。先生がファンで、毎年のように『カフカズ・ディック』を上演してくれる学校があるんです。『フローズン・ビーチ』を2回も上演してくれた高校もある。そういうのは素直に嬉しいですね。特に古い作品は、今やることの難しさもあれば、今やることでしか感じられないこともあると思う。ともかくどんどんやってほしいです。

ーー上演するときのヒントはありますか?

KERA:いや、もう好き勝手に、自由にやってほしい。書いてる自分にとっても、答えは一つではないので、正解を見つけようとあんまり躍起になられても、僕にも分かりませんっていう感じ(笑)。

ーーそれは戯曲の読者や、観客にとってもそうですよね?

KERA:そうですね。悲しい話なのか、楽しい話なのか、絶望的な話なのか、希望のある話なのか、みんなが1つの気持ちで終わるよりも、読み手や観客が感じた“線”の数が多ければ多いほど豊かで面白い芝居だと思うんです。

■ケラリーノ・サンドロヴィッチ略歴
劇作家、演出家、映画監督、音楽家。劇団「ナイロン100℃」主宰。1963年1月3日、東京都生まれ。82年、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。85年、劇団健康を旗揚げ、演劇活動を開始。92年解散、93年にナイロン100℃を始動。劇団公演に加え、KERA・MAPなどのユニットも主宰するほか、外部プロデュース公演への作・演出も多数。99年、『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。第40回菊田一夫演劇賞(15年)、平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞(16年)、第51回紀伊國屋演劇賞個人賞、第24回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第4回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、第68回読売文学賞戯曲・シナリオ部門(17年)など、受賞多数。2018年秋に紫綬褒章受章。音楽活動では、ソロ活動の他、2014年に再結成されたバンド「有頂天」や、「ケラ&ザ・シンセサイザーズ」でボーカルを務めるほか、鈴木慶一氏とのユニット「No Lie-Sense」などで、ライブ活動や新譜リリースを精力的に続行中。No Lie-Sense約4年ぶりとなるフルアルバム『駄々録〜 Dadalogue』発売中。
キューブ サイト:https://www.cubeinc.co.jp/archives/artist/keralinosandrovich
ナイロン100℃公式サイト:https://sillywalk.com/nylon/

■書籍情報
『ケラリーノ・サンドロヴィッチ自選戯曲集1 ナイロン100℃篇』
収録作品:
「シャープさんフラットさん」
「2番目、或いは3番目」
「社長吸血記」
「ちょっと、まってください」
「睾丸」

『ケラリーノ・サンドロヴィッチ自選戯曲集2 昭和三部作篇』
収録作品:
「東京月光魔曲」
「黴菌」
「陥没」
著者:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出版社:早川書房
https://www.hayakawabooks.com/n/nc418f726fc47

ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』

■ケラリーノ・サンドロヴィッチ次回作情報
ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
振付:小野寺修二
映像:上田大樹
音楽:鈴木光介
キャスト:緒川たまき 仲村トオル 水野美紀 山内圭哉 吉岡里帆 松下洸平
尾方宣久 菅原永二 植本純米 温水洋一 犬山イヌコ 高田聖子 他
2020年
9月13日(日)~27日(日) 世田谷パブリックシアター
10月1日(木)~10月4日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
10月9日(金) ~ 10月10日(土) 北九州芸術劇場 中劇場
〈お問い合わせ〉東京公演  キューブ 03-5485-2252(平日12:00~18:00)
http://www.cubeinc.co.jp

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