平安時代ならではのトリックに脱帽! 平安ラブコメミステリー『探偵は御簾の中』の面白さ

平安ラブコメミステリー『探偵は御簾の中』

 ライト文芸の時代小説で、一番、人気のある時代はどこか。戦国? 幕末? いやいや、平安時代である。女性向けのライト文芸では、小田菜摘の「平安あや解き草紙」シリーズや、遠藤遼の「平安あかしあやかし陰陽師」シリーズなど、幾つもの作品が生まれている。

 そういえば、かつて夢枕獏の「陰陽師」シリーズなどにより巻き起こった“陰陽師ブーム”のときも、女性のファンが多かった。どうも平安時代には、女性を魅了する何かがあるらしい。

 帯に「平安ラブコメミステリー」と銘打たれた、汀こるものの『探偵は御簾の中 検非違使と奥様の平安事件簿』も、メインの読者層として、女性を狙っているようだ。ただしミステリーとしても凝った作品(なにしろ作者の名前が、こるもの=凝る者だ)になっているので、ミステリーファンも楽しく読むことができるだろう。

 物語は全4話で構成されている。主人公は、従三位検非違使別当左兵衛督中納言・藤原祐高と、その正妻の忍。祐高が14歳、忍が16歳のときに、双方の家の都合で結婚した。忍は祐高を自分の思うように育てようとしたが、なぜか彼女一筋の朴念仁に成長。ヘタレな性格もあって、忍以外の女性には目も向けない。3人目の子供を産んだ忍は、祐高が他の女性のところに行くのを期待しているが、その願いは叶えられないようだ。

 そんなある日、天文博士・安倍泰躬の家の庭で、バラバラになった女の死体が発見される。関白の嫡流で祐高のいとこ、そして検非違使佐右衛門佐右近少将の藤原純直に引きずられ、嫌々、現場に赴いた。天文博士が犯人だと根拠もなくいう純直だが、肝心の泰躬は忍の安産祈願のために祐高の屋敷にいたというアリバイがある。そもそも、事件を直接捜査する立場でなく、やる気もない祐高だが、話を聞いた忍はあれこれと推理を繰り広げる。その間にもベテラン検非違使の平蔵充が動き、事件は解決するのだった。

 事件の真相も面白いのだが、より注目すべきは安倍泰躬の扱いだろう。彼の心の裡が明らかになったとき、それと照応するように、祐高と忍の夫婦関係の真実も浮かび上がってくる。結婚して8年、鴛鴦夫婦と呼ばれるふたりだが、そもそもの出発点から掛け違いがあったのだ。だから夫婦の関係がどうなるのか、先が気になるのである。

 続く「視線の密室 見えない犯人」は、内大臣邸で、宰相中将の死体が発見される。縊死のようだが、自殺とは思えない。さらに宰相中将が内大臣邸に来た理由は、碌でもないようだ。そして家に帰り、忍と事件の話をした祐高は、意外な真実に到達する。

 本書の中で、もっともミステリー度の高い話である。事件の輪郭が明らかになると、衆人環視ともいうべき状況の中で、犯人が煙のように消えたという謎が立ち上がってくる。このトリックが素晴らしい。あくまでも個人的な意見だが、時代ミステリーにおけるトリックやサプライズの理想形は、その時代その場所でなければ成立しないものだと思っている。これが本作で実現しているのだ。あまり詳しく書けないのが残念だが、平安時代ならではのトリックを堪能した。第37回メフィスト賞を『パラダイス・クローズド THANATOS』で受賞し、ミステリーを中心に活躍している作者の力が、遺憾なく発揮されているのである。

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