葛西純自伝連載『狂猿』第9回 大日本プロレス退団と“新天地”ZERO-ONE加入の真実

葛西純自伝連載『狂猿』第9回 大日本プロレス退団と“新天地”ZERO-ONE加入の真実

デスマッチファイター葛西純自伝『狂猿』

 葛西純は、プロレスラーのなかでも、ごく一部の選手しか足を踏み入れないデスマッチの世界で「カリスマ」と呼ばれている選手だ。20年以上のキャリアのなかで、さまざまな形式のデスマッチを行い、数々の伝説を打ち立ててきた。その激闘の歴史は、観客の脳裏と「マット界で最も傷だらけ」といわれる背中に刻まれている。クレイジーモンキー【狂猿】の異名を持つ男はなぜ、自らの体に傷を刻み込みながら、闘い続けるのか。そのすべてが葛西純本人の口から語られる、衝撃的自伝ストーリー。

第1回:デスマッチファイター葛西純が明かす、少年時代に見たプロレスの衝撃
第2回:勉強も運動もできない、不良でさえもなかった”その他大勢”の少年時代
第3回:格闘家を目指して上京、ガードマンとして働き始めるが……
第4回:大日本プロレス入団、母と交わした「5年」の約束
第5回:九死に一生を得た交通事故、プロレス界の歴史は変わっていた
第6回:ボコボコにされて嬉し涙を流したデスマッチデビュー
第7回:葛西純自伝『狂猿』第7回 「クレイジーモンキー」の誕生と母の涙
第8回:葛西純が明かす、結婚秘話と大日本プロレスとのすれ違い

「CZWジャパン」の自然消滅から「赤まむし」結成

 CZWが横浜アリーナ大会を最後に大日本プロレスを離れるということは、俺っちには知らされてなかったし、それは小鹿社長も、登坂栄児も想定してなかったことだと思う。とはいえ、CZWが来なくなっても、選手の間には危機感みたいなものはあまり無くて、逆に「CZW抜きで、もっとクオリティの高いものを見せられるチャンスだな」という気持ちが強かった。

 俺っちはザンディグたちがいなくなって「CZWジャパン」が自然消滅ということになってしまったので、新たにBADBOY非道とジ・ウインガーと3人でユニットを組むことした。このユニットは、大日本プロレスのリングで3人のやりたいことが一致したとかではなくて、単純にウマが合うというか、プライベートでもよく一緒に飲みに行ってた3人が、リング上でも一緒に組もうか、みたいな流れで生まれたものだった。


 それでユニットの名前をどうしようか、ということになったんだけど、思い出したのが、本間朋晃と山川竜司がタッグを組んで、そのタッグチーム名を募集したときのこと。候補の中に「まむしの兄弟」という名前があって、実際のタッグ名には採用されなかったんだけど、俺っちの中でインパクトがすごく残っていて、いつか何かで使いたいなと思っていた。とはいえ、そのまま「まむしの兄弟」というのも芸が無い。「まむし」といえば、栄養ドリンクで「赤まむし」というのがある。これなら誰でも知ってるし、覚えやすくていいか、と思ってユニット名を「赤まむし」にした。俺っちにとって、非道さんもウインガーさんも先輩にあたるんだけど、「赤まむし」は気を使わない雰囲気があって、本当に楽しかった。地方巡業へ行って、試合で暴れて、そのあとも3人一緒に出歩いて、朝まで飲んだりしていた。今でこそ俺っちは毎日飲むようなお酒大好き人間だけど、それまでは酒を飲んでも特に美味しいとか思ったことはなかった。そんな俺っちに、酒の旨さや楽しさをみっちり教えてくれたのが非道さんだった。

 飲み始めたら、女のいる店なんて行かない。もうひたすら飲む、飲む、飲む。非道さんは本当にお酒の好きな人で、ヘンな飲み方するようなヤツは大嫌い。一気飲みなんかした日には「てめえ、お酒に謝れ! 感謝して飲め!」って怒られるくらいだった。酒に関してはすごく影響を受けてるから、ある意味で葛西純はBADBOY非道に人生を狂わされたという面もあるかもしれない。

 「赤まむし」は、会場に来てくれているお客さんからの支持は集めていて、Tシャツなんかもバカ売れしていたんだけど、それまでのCZW目当てで来ていたファンというのが完全に離れてしまっていたから、大日本プロレスそのものが集客に苦戦するようになっていた。それでもいろいろ考えて、後楽園ホールで「赤まむし主催興行」というのをやった。俺っちは普通の姿でリングに上がってるんだけど、対戦相手のMEN’Sテイオーさんが、なぜかウサギの着ぐるみで試合をするという「ハンディキャップ着ぐるみマッチ」という形式をやったりして、お客さんは満員とはいえなかったけど、赤まむしファンは多いに楽しんでくれていた。とはいえ、大日本プロレスの不調は続いていて、まさにこの赤まむし興行ぐらいの時からギャラの遅配が起きるようになった。最初は「給料が少し遅れます」っていう言い方だったけど、それが何カ月も続くようになって、もう普通にタダ働きという状態になった。


 「赤まむし」で試合をやるのは好きだったし、巡業も楽しかった。ただ、本当にカネが無かった。カネが無いと、やっぱりモチベーションも下がるし、好きでやっていることとは言え「こんなに貧乏するならやる意味ねぇな」と思うこともあった。巡業から帰ってきて、夜中に鴨居の道場にバスが着いたりしたときに、俺っちと帰る方向が一緒だった李日韓が、車で送ってくれることがあった。その時に日韓から「葛西さん、給料何カ月分も出てないですけど大丈夫ですか?」みたいな話をされて、「ウチはかろうじて嫁さんが仕事をしているからなんとかやっているけど、イヤになってきたよ。どうせカネが出ないなら、もうケガでもして欠場したいよ」なんて愚痴を言っていたら、そのすぐあとにWEWの川崎大会で本当に大ケガをしてしまった。そういうマイナスな気持ちでリングにあがってると、実際に事故が起きてしまうということを思い知らされた。

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