春日太一が語る、『時代劇入門』の執筆と映画の楽しみ方 「知らない人に向けてゼロから書いています」

時代劇研究家・春日太一、インタビュー

削ると濃くなる

――読者はどのような方を想定したのでしょうか?

春日:担当編集者です。毎回、映画や時代劇にそんなに詳しくない人に担当編集者をお願いしています。担当編集者は最初の読者で、その後ろにたくさんの読者がいると思っているので、どう書けば、担当編集者が喜んでくれるのかを最初に考えます。だから僕の本は、驚くぐらい編集者のカラーが出ます。

――担当の方が、予備校の生徒のような感じだったのですか?

担当編集者・麻田:私は時代劇の知識はほとんどなくて偏差値で言うと30も無いくらいでした。萬屋錦之介も黒澤明も昔の人、『散り椿』が最近の作品、『遠山の金さん』や『水戸黄門』が真ん中にあるという、ざっくりとした歴史認識しかありませんでした。だから、春日さんから歴史や文脈の話を聞くことで、予備校の生徒として引き上げてもらって。この本を読むことで、わからない時代劇を見た時に「それが全体の中のどこに位置している作品なのか」が、わかるようになると思うんですよね。最初にお話を伺ったときも、原稿を頂戴したときも面白かったのですが、本になったときに「やっぱり、この本面白いですね!」と言ってしまいました(笑)。

春日:麻田さんには、わからないときに、率直に「わからない」と言ってもらうことで助けられました。詳しすぎる編集者だと、リアクションが細かい知識に対してばかりになる。それだと、これぐらいの知識で足りているのか、この説明で分かってもらえるのかという、さじ加減がわからないわけです。

――説明されすぎて、逆に嫌になることもありますし。

春日:「第二部 時代劇の歩み」は、当初はもっと細かく説明していたのですが、麻田さんと相談して3分の1くらいに削りました。詳しすぎるとハードルが上がってしまうんです。そのあたりのさじ加減は、話し合いの中で決まりました。

――他の章も、本を一冊作ることができるくらいの密度があると思うのですが、ギリギリまで削っていますね。

春日:僕の本は、いつもそうなんですよ。

――春日さんのような優れた書き手なら、濃くすることはいくらでもできると思うんですよ。でも、削るのは大変だろうなぁと思って。

春日:逆ですね。削るのが好きなんです。

――本当ですか!?

『仁義なき日本沈没 東宝VS.東映の戦後サバイバル』(新潮新書)

春日:いつも驚かれるんですけれど(笑)。たとえば『仁義なき日本沈没 東宝VS.東映の戦後サバイバル』(新潮新書)の時は文字数をオーバーして「春日さん何とか40ページ削ってもらえませんか」と言われたのですが、そうなるともう腕まくり。やっぱり初稿は贅肉がついているので、筋トレやダイエットをするように、どんどん削って、シェイプアップしていきます。これが一番大事な作業ですね。試験が終わってから、突然、答えに気付くことがありますが、あれにはメカニズムがあって、頭の緊張が解けるからなんです。本も同じで、書き終わった瞬間に緊張が緩むので、バッとアイディアが思い浮かぶ。一度書き終えると他人の原稿だと思って客観的に読むことができるので、どんどん不必要な箇所が見えてくる。それを添削してソリッドにしていきます。

――映画の編集みたいですね。120分を90分にするみたいな。

春日:僕はこの作業が一番楽しいんですよ。わかりやすく書く方が好きだし、削る作業が楽しい。

――それなのに、どの章も濃いですよね。内容が詰まっている。

春日:削ると濃くなるんです。濃くなるし凝縮もされるし、読みやすくもなる。良いことずくめです。

余裕をもって楽しんでほしい

――ガイダンスの話に戻るのですが「わからない用語が出てくるたびにいったん止めてネットで調べていた」という若い女性タレントに「頼むからそういう見方はしないでください」と言ったというエピソードが印象深くて。多分、今の時代って「全部わからなきゃいけない」というプレッシャーが強いのかなぁと、思いました。

春日:最近はみなさん「わかるコンプレックス」になっていると思うんです。「すべてを理解しないと楽しめないんじゃないか」って。でも、自分の感性で楽しんでくれればいいんです。「自分の見方が間違っているのかも」と「正しい見方」にこだわりすぎると、映画って窮屈になってしまうんですよ。大事なのは「わからなかったけどなんか面白かった」ということです。例えば子供の頃に見た映画とか思春期に見たヨーロッパ映画でも「よくわかんないけど、なんだかいいなぁ」とか「物語はよく分からないけど、この映像が心に残っている」といった、言葉にならない抽象的な印象が作品鑑賞には大事だと思っていて。

――春日さんが書かれていたような、テレビの再放送を「なんとなく」見るような時間って、意外と大事なのかもしれないですね。ただ、今は見ようと思うと配信、レンタル、CSの専門チャンネルといった手段で意識的に選ばないと作品と出会えないので「なんとなく」見るのが、結構、難しいのかなぁとも思いました。

春日:能動的になら、いくらでも作品を見ることができるけど、受動的に見るのは難しい。こういう選択肢の多い時代の中で、どうお客さんを引き込んで、楽しんでもらうかというのは課題です。あと、みんなピンポイントで良い作品に行こうとしすぎなんですよ。でも、駄作を見たという経験がないと、育たないんですよね。「あー失敗した」と思うことも楽しみの一つです。「味はよくなかったけど、あの居酒屋の雰囲気は良かったなぁ」とか。だから娯楽は、余裕をもって見て欲しいですね。ノイズも含めて楽しんでほしいです。

『時代劇入門』(角川新書)

■書籍情報
 『時代劇入門』(角川新書)
著者:春日太一
出版社:KADOKAWA
定価:本体900円+税
<発売中>
出版社サイト

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