『PSYCHO-PASS』シリーズと紙の書籍の“いい関係”ーー最新劇場版の鍵となる『くるみ割り人形とねずみの王様』とは?
近未来SF警察を描いたTVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』は、2012年放映の第1期を皮切りに、第2期や劇場版へと展開を広げ、2010年代を代表するアニメの一つとして人気を博している。2019年10月からは主人公を一新したTVシリーズ第3期(以下『PP3』)が始まり、物語は次なるステージへと突入した。
作品の舞台は今からおよそ100年後の日本。「シビュラシステム」と呼ばれる包括的生涯福祉支援プログラムが導入された社会では、人間の心理状態や性格的傾向が「犯罪係数」や「色相」と呼ばれるパラメーターで数値化され、管理されていた。加えて、犯罪係数が高い人をあらかじめ「潜在犯」として捕らえ、隔離することで治安と秩序が保たれている。ところが、人生のあらゆる選択がシステムに委ねられ、平和的な監視が実現したはずの社会のなかで、シビュラの盲点を突くような犯罪が起きる。事件を捜査する公安局刑事課一係の刑事たちは、システムでは裁くことができない犯罪を通じて、正義のあり方や人間の生き方について問いを突きつけられてゆく。
上記した『PSYCHO-PASS』の世界では、色相を濁らせないことが生活における最重要事項であり、それゆえストレスになりかねない文学や芸術・思想は検閲され、危険な作品は排除される。シビュラが成立する以前の知識に傾倒するのは社会からはみ出した証であり、そんな変わり者が好んで手に取るのが、検閲や発禁から逃れやすいアナクロな紙の本だった。『PSYCHO-PASS』に登場する異端者たちは紙の本に対する強いこだわりを見せ、シビュラ社会に疑問を投げかけるように、過去の思想や言葉を引用しながらスリリングな会話を交わす。
たとえば、2012年放映の第1期でさまざまな犯罪の黒幕として暗躍した槙島聖護は、「紙の本を買いなよ。電子書籍は味気ない」という名言を残し、『PSYCHO-PASS』における書物とその引用というスタイルを印象づけた。以後のシリーズにもこの様式美は引き継がれ、2015年の劇場版では物語の導入としてプルーストの『失われた時を求めて』が使われ、クライマックスでは満身創痍の男たちがフランツ・ファノンのポストコロニアル論に言及しながら殴り合う。また、2019年に公開された『Sinners of the System』と称された劇場版三部作の第3作では、菊池寛の『恩讐の彼方に』がタイトルに採用され、この小説を通じて人殺しと復讐というテーマが追求された。
そして、全体的に新しい試みが目立った2019年の『PP3』から、最新の劇場版『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』(以下『PPFI』)にかけてもまた、キーアイテムとしての書物とその引用という様式は踏襲されてゆく。これらの作品で重要な役回りを担う書籍こそ、1996年に河出文庫から刊行されたE.T.A.ホフマンの小説『くるみ割り人形とねずみの王様』(種村季弘訳)だ。
「ファーストインスペクター」こと梓澤廣一は第3期のキーマンといえるキャラクターだが、『PP3』第8話には彼が『くるみ割り人形とねずみの王様』を読むシーンが思わせぶりに登場する。舞台となる2120年の世界で発禁本となったこの小説を片手に、梓澤は仕事の相棒で凄腕のクラッカー・小畑千夜に次のように語りかけた。
「戦争シーンがいいんだよ。くるみ割り人形は悪いねずみと戦う兵士。魔法で醜い姿にされた姫を助けるため、世界一固いクラカトゥクくるみをかち割らなきゃいけない。クラカトゥクは何のメタファーだと思う?」
最終話に登場した梓澤のこの謎めいた問いかけは、『PP3』の続編として制作され、3月27日より公開された劇場版『PPFI』に持ち越された。