『PSYCHO-PASS』シリーズと紙の書籍の“いい関係”ーー最新劇場版の鍵となる『くるみ割り人形とねずみの王様』とは?
梓澤が言及したことでにわかに注目を集めた『くるみ割り人形とねずみの王様』だが、『PPFI』をきっかけに新たな展開が生まれている。本書は長らく入手困難であったが、『PPFI』の公開・配信にあわせて復刊を果たすことになったのだ。
もっとも、河出文庫は創刊25周年にあたる2005年にデザインを一新しているため、本来であれば今回の復刊もそのリニューアル版の装丁で出版されるはずである。しかし、そうなれば1996年刊行の旧デザインの表紙のみならず、背表紙や裏表紙まで忠実に再現した『PP3』や『PPFI』の描写とは異なるデザインの本に仕上がってしまう。そこで、Production I.Gの仕事に敬意を表した版元は、アニメにあわせた古いフォーマットでの復刊を決行した。復刊にまつわる裏話やこだわりは河出書房新社のTwitterで明かされているので、こちらもぜひ参照されたい。
『PP3』で未清算だった伏線は今回の『PPFI』に接続され、この映画をもって梓澤廣一の物語にはひとまずの決着がつけられた。ネタバレを避けるため内容には極力踏み込まないが、本作でも引き続き『くるみ割り人形とねずみの王様』が重要な役割を果たしている。公安局ビルを襲撃するという梓澤のゲームは、小説に登場するねずみとくるみ割り人形の戦争場面から着想を得て計画されたものである。そのことを暗示するように、彼が手にしたデバイスのチャートには「ねずみ」「くるみ割り人形」「マリー」と、物語に由来する名前が登録されていた。さらに、梓澤のラストシーンでも文庫本が描かれるなど、小説は最後までストーリーと関わっていく。
ところで、『PPFI』の鑑賞後に『くるみ割り人形とねずみの王様』を読み直すと、かつては素通りした描写も『PPFI』と響き合う箇所のように思え、梓澤と小説の関連性を考察することにしばし夢中になってしまった。『くるみ割り人形とねずみの王様』には、主人公マリーの兄・フリッツがお城の模型を眺めながら、「ほんのちょっぴりでいいから、お城にぼくを入れてもらえないかしら!」と口にするシーンが登場する。この言葉と梓澤の映画終盤での行為を重ね合わせるのは、流石に深読みがすぎるだろうか。いずれにせよ、『くるみ割り人形とねずみの王様』は単に書物の引用という以上に、梓澤廣一という男の行動に強い影響を与えているのが興味深い。
「あなたが手にしたこの1冊が、2120年に生き残る1冊かもしれない」――2020年に「梓澤廣一愛読記念」として復活を遂げた“紙の本”は、ひとつの文芸作品としてのみならず、『PSYCHO-PASS』の世界をより深めてゆくファンアイテムとしても新たな生命を吹き込まれた。
■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター。出版文化を中心に幅広いジャンルの調査や執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』など。Twitter:@k_saga
■書籍情報
河出文庫『くるみ割り人形とねずみの王様』
著者:E・T・A・ホフマン
翻訳:種村季弘
価格:本体800円+税
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