葛西純自伝『狂猿』第7回 「クレイジーモンキー」の誕生と母の涙

葛西純自伝『狂猿』第7回  母が泣いた日

デスマッチファイター葛西純自伝『狂猿』

アメリカの試合で残した爪痕と150針の大ケガ


 CZWのメンバーになってから、出身も「ヒラデルヒア」にして、ワイフビーターの家に下宿してるというギミックにしてたけど、実はアメリカなんて行ったこともなかった。だけど、ザンディグがアメリカでのCZWの興行にカサイを連れていきたいって言い出して、大日本プロレスにオファーをかけたら別にいいよという感じなった。俺っちも、会社が言うなら行きますよってことで、初めての海外遠征が決まった。

 俺っちはCZWでガイジンと組んでるからといって英語ができるわけでもないし、初めてのアメリカで右も左もわからなかった。最初はザンディグの家に泊まって、最後の2日間はジャスティス・ペインの家に泊まらせてもらうという話だったけど、とにかく試合をすればいいってことだけ考えてた。

 現地に着いてからザンディグに、俺っちは誰と組んで誰と対戦するんだって聞いたら「セミファイナルでニック・モンドと組んで、ジャスティス・ペインとジョニー・カジミアとやる」と。まぁ、日本でもやってるような連中だったから、それはなんとかなりそうだ。それで、デスマッチ形式はなんだって聞いたら、「俺、明日からワイフビーターと一緒にメキシコ行っちゃうから、よくわかんねぇ。あとは他の奴と相談してくれ」みたいな感じで、なんだそれって思いながらも当日、会場に行った。

 会場っていっても、消防署のデカいガレージみたいな所で、パートナーのニック・モンドに「今日の試合形式は?」って聞いたら、「たぶん蛍光灯デスマッチじゃね?」みたいな感じで言われた。ある程度そんなモンだと思ってたけど、みんな雑で適当なんだよ。

 試合時間が迫ってきて、入場曲が鳴ったからリングに向かったら、蛍光灯どころか、アイテムらしきものがなにもなかった。なんだよ、普通の試合じゃねえかと思いながらコールを受けて、今からゴングがなるっていうタイミングでリングアナがマイクで何かベラベラ喋りだした。

 英語なんてわからないから、何言ってんだろうと思ってたら、会場中のファンがいきなり動き出して、自分の家から持ってきたガラクタやら、画鋲のついたバットやら、割れたでっかい鏡なんかを、リングの中にバーって投げ入れ出した。いま思えば「観客凶器持ち込みデスマッチ」だったんだけど、当時の俺っちはおいおい聞いてねえよっていう感じで試合がはじまった。

 場外乱闘になると、客が何だかわからない凶器をどんどん渡してくる。それを片っ端から使いまくった。その中に、蛍光灯を並べたボードがあって、それに突っ込んだら左の肘が凄く切れてしまって、骨が見えてるくらいの傷になってた。背中も蛍光灯やらガラスやらで切り刻まれて血だらけ。こっちは夢中でやってたけど、とにかく観客の熱狂度が凄かった。

 なんとか試合が終わって、控室に帰ろうとしたら、会場に見にきてた女の子がもう興奮しちゃってて、Tシャツとブラジャー脱いで半裸になって踊ってるから、こっちは傷の痛さも吹っ飛んで思わず見入っちゃったよ。控室に帰ったら、その興行に出てた他のレスラーからも「グレート!」みたいに声をかけられて。アメリカに爪痕残してやったよ、っていう達成感があった。

 控室には、自称・医者というおばちゃんがいて「ここで縫う」っていわれて、その場で肘の手当をしてもらって、背中も150針縫った。結果的には、爪痕以上に、傷跡が残ったってことだね。

 そのまま病院にも行かず、ジャスティス・ペインのクルマに乗って帰ることになったんだけど、途中で背中が痛くて痛くてたまらなくなって、どうにかならねえかって言ったら、ジャスティス・ペインが「これ飲めよ」って、痛み止めの薬をくれた。それ飲んだら痛みは止まったんだけど、今度はクスリが強すぎて気持ち悪くなってきちゃって、クルマ止めてもらって、ハイウェイの路上に飛び出てゲロ吐いて。それを3回ぐらい繰り返して、ようやく帰れた。

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