葛西純自伝『狂猿』第7回 「クレイジーモンキー」の誕生と母の涙

葛西純自伝『狂猿』第7回  母が泣いた日

デスマッチファイター葛西純自伝『狂猿』

たまたま生まれた「猿キャラ」

 最侠タッグでザンディグと組んで、年越してからも相変わらずCZW・JAPANとしてやりながら、俺っちはどうにか自分のキャラクターを確立させたいともがいていた。そんなある日、ザンディグと2人でプロレス・格闘技専門チャンネル『サムライ』のニュース番組にゲストで出てくれというオファーがあった。それでザンディグとふたりでスタジオに行ったら、たまたま別の番組で関わってたキックボクシングの伊原(信一)会長がサムライのスタッフにバナナを山ほど差し入れてくれてたみたいで、「スタッフで食べ切れないのでゲストのみなさんも好きなだけ食べてください」って、控室のテーブルにバナナがいっぱい置いてあった。

 俺っちは、昔から猿みたいな顔っていわれてきたし、バナナが似合うと自負していた。このままニュースに出ても気の利いたことも喋れないから、本番中にひたすらバナナでも食ってれば何も言わなくて済むんじゃないかって思ったんだ。それでスタジオにバナナを持ち込んで、本番が始まったら、ザンディグが何か吠えてる横で、俺っちは松崎駿馬さんの物真似しながらひたすらバナナを食ってた。それが自分の予想以上にウケたんだよ。


 放送を見たファンから「めちゃくちゃ面白かった」とか、「葛西は本当に頭がおかしいのか」って声が届いて、同じプロレス業界の人からも「あれよかったよ」「本当にキチガイだな」って褒められた。だったら試合もこのセンでいったら面白いんじゃないか。

 それまでのデスマッチは、殺るか殺られるかの世界で、殺伐としていて、泥臭かった。俺っちは、それ以上に激しいことをやりながら、試合中にバナナ食ったり、引っ掻いて逃げたりとか、ちょっとコミカルな部分を織り交ぜていくのはどうかな、と考えた。動きのモチーフは猿だけど、人間じゃないから何するかわからないというイメージ。要は、ファンが俺っちの試合を見てて「葛西は本当に頭がおかしいんじゃないか」って思ってもらえるようなモノにしたかった。それをだんだん具現化していって出来上がったのが「クレイジーモンキー」というキャラクターだ。入場曲もスキッド・ロウの「Monkey Business」に変えた。これはザンディグが「クレイジーモンキーならこの曲しかないだろ」って決めた。ザンディグはスキッド・ロウが好きだったからね。

 いまとなっては、キャラクターレスラーもいっぱいしるし、コミカルな試合も当たり前になったけど、当時はデスマッチだけじゃなくプロレス界全体で「お笑い」はご法度だったし、ファンからもソッポを向かれる可能性のほうが高かった。だから、これはギャンブルだと思ってた。真面目なファンから「ふざけんじゃねぇ!」っていわれるか、「葛西は狂ってるな!」って応援してもらえるか。結果的に、めちゃくちゃウケて、クレイジーモンキーは葛西純の代名詞になった。いまも俺っちの試合に欠かせないアイテムになってるゴーグルを使い始めたのもこの頃だ。

パールハーバー・スプラッシュをやり続けるワケ

 CZWの一員として来日していたマッドマン・ポンドが入場の時のコスチュームとしてゴーグルを使っていた。ある日、ポンドが「いっぱい持ってきてるからカサイにもやるよ」って、ゴーグルをひとつくれた。もらったはいいけど、入場時にゴーグルをつけるっていうのはポンドがやってるから、じゃあ俺っちはこれを試合中に使えないかなと考えた。

 当時、WWF(現WWE)で、スコッティ2ホッティとタッグを組んでた、グランドマスター・セクセイという選手が、コーナートップに上がって、ゴーグルを装着してからダイビングギロチンをする「ヒップホップ・ドロップ」という技をやっていた。俺っちはダイビングギロチンなんてできないから、これをスプラッシュでやったらいいんじゃないかなと思いついた。

 それでコーナーに上がって、ゴーグルをかけて、特攻するイメージで敬礼してから飛ぶ「パールハーバー・スプラッシュ」が生まれた。なんでゴーグルかけて敬礼して飛ぶんだって聞かれたから「このゴーグルは真珠湾攻撃で亡くなった爺ちゃんの形見。だから、敬礼してから飛んでるんだ」って答えたら、それが公式の由来になった。

 でも俺っちは、この「パールハーバー・スプラッシュ」をフィニッシャーにしようと思ってたわけじゃなかった。そもそもダイビング・ボディプレスもそんなに得意じゃなかったし、地方の試合とかでも勢いでバンバンやっていただけだった。そしたらある日、試合を見てくれていた大黒坊弁慶さんが「葛西、あの技、いいぞ」って話しかけてきた。「そうですか? ただ単にゴーグルかけて、敬礼して、綺麗でもないスプラッシュやってるだけですよ」なんて返したら、「いや、あれはいい。何があってもあの技だけはやめるなよ」って言われた。それがなぜか心に残ってて、今も「パールハーバー・スプラッシュ」をやり続けてる。

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