『異世界かるてっと』を牽引する人気作『オーバーロード』は“サラリーマン社会”の苦悩を映す?

『オーバーロード』はなぜ人気なのか?

 シリーズでは、ギルド名をとどろかせることで、他のプレイヤーが同じ世界に来ていないかを確かめたいというアインズの思惑を、配下のNPCたちがくみ取り、ナザリック地下大墳墓の周囲にある国々に向けてさまざまな施策が繰り出されていった。北西にあるリ・エスティーゼ王国に対しては、ナザリック地下大墳墓の北東にあるバハルス帝国にアインズが協力する形で戦争を仕掛け、たったひとつの魔法で18万人を虐殺して都市エ・ランテルを手に入れた。

 帝国は、ナザリック地下大墳墓にワーカーたちを送り込んで実力を見ようとして全滅させられた後、アインズにひれ伏しエ・ランテルに建国されアインズ・ウール・ゴウン魔導国の傘下に入った。そんな形勢の中で事件が起こる。12巻と13巻でとある謀略の結果、アインズと関係を深めたったローブル聖王国へ魔導国が送ろうとしていた農作物を、道中にある王国の下級貴族フィリップが奪ってしまった。

 その理由が実にバカバカしい。自分たちが魔導国から聖王国へと運ばれる食料を奪ったら、魔導国からの食糧供給が逼迫し、商人たちがフィリップの領地から算出される作物を高く買ってくれるようになるのでは、といった浅はかなもの。裏もなにもない、ただの暴挙でしかなかったが、これが王国を滅亡へと追い込むきかっけになった。

 襲われた荷馬車側では、いくらバカな貴族でも、国と国との戦争につながるような暴挙に何の考えもなしに出るとは思えなかった。何か裏があるに違いない。襲ってきた貴族を撃退したら、自分たちに害が及ぶかもしれない。そう考え過ぎてフィリップを討たず見逃してしまった。

 魔導国でも、最初は何者かが仕組んだ策謀なのかと訝しんだが、そこは元サラリーマンのアインズが、バカな貴族が何も考えなしに襲っただけだろうと指摘した。アインズを絶対と仰ぐ配下の階層支配者たちも同じ結論を受け入れたが、そこから先が違っていた。たいした被害はないから、簡単に処罰して済ませれば良かったところに、ナザリックきっての知恵者、デミウルゴスが余計なことをいった。「そういう意図があってのことだというのですか?」

 それは、かつてアインズがナザリック地下大墳墓に侵入したワーカーたちを全滅させただけで、送り込んだ帝国を蹂躙しなかった理由を推察したもの。いちはやく魔導国にひれ伏した帝国には飴を与えたが、戦闘の果てに軍門に降った王国は、今回の一件でもって滅ぼすべき。決定的な違いをここで見せつけ、魔導国に今後逆らうような国が出ないようにすべき。そう考えた。

 元サラリーマンに過ぎないアインズを、千年先まで見通して行動する人だと信じ切っているデミウルゴスは、アインズの場当たりな言動を深読みし過ぎて、思いも寄らなかった行動を起こすことが多々あった。今回も同様。かくしてカルテット仲間のターニャのように「どうしてこうなった!!!」と叫びたくなる衝動を抑え、アインズは王国蹂躙の戦争を始める。以後、どこまでも圧倒的な魔導国の前に、無名の指揮官も名のある勇者も、王国の次期国王も踏みにじられ、殺戮され、800万人が殺され王国が滅亡する空前のカタストロフが堪能できる。

 もうひとつ、『オーバーロード』シリーズの面白さがあるとしたら、アインズの苦悩がサラリーマン社会によく例えられることか。自分は頭が悪いという自覚がありながら、圧倒的に優秀な配下の階層守護者たちの上に立って王を演じ続けなくてはいけない悩み。それは、年功序列で中間管理職に祭り上げられたものの、優秀な部下が入ってきて常に突き上げをくらっている状況と重なる。

 王国攻めについても、止めて欲しいといった声が配下の一部から上がったものの、止めることはできなかった。なぜならそれは社長案件で、大損すると分かっていても止められないのが企業というものだから。現実の企業やサラリーマンにある構図を感じながら読んでいけるシリーズだ。

 14巻でひとつの事件が終わり、これから向かう展開で、いよいよゲーム時代からのプレイヤーが姿を現すのか、あるいはプレイヤーのことを知る者が現れアインズに挑んでくるのかが気になるところ。ツァーという名の白銀の鎧の中身など、そうした経緯を何か知っていそう。アインズが立つ世界の成り立ちに迫る物語が、遠くない将来に語られることを期待したい。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『オーバーロード14 滅国の魔女』
著者:丸山くがね
イラスト:so-bin
出版社:KADOKAWA
価格:本体1,200円+税
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000095/

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