『憂国のモリアーティ』は優れたパスティーシュだーー“正典”への大胆なアプローチを読む
さて、このようにエピソードを個別に見ていくときりがないので、物語を貫くテーマに注目しよう。階級社会によって貴族以外が理不尽に蹂躙される大英帝国を変革しようとするウィリアムたちは、目的への手段として「劇場型犯罪による民衆への啓示」を実行している。さらに非道な貴族を、自らの手で殺すことも厭わない。こうした悪によって悪を誅するという姿勢は、ダークヒーローとして、けして珍しいものではない。
だが、だからこそ彼らの活躍にスカっとした気持ちになる。戦後、長らく続いていた一億総中流幻想は、1980年代からメッキが剥げ始め、バブル崩壊によって完全に止めを刺された。それにより現代の日本もまた、階級社会であることが露呈。下流社会や上級国民という言葉が生まれるまでになったのである。ヴィクトリア朝の庶民ほど悲惨な境遇ではない。でも、一握りの権力者や金持ちによって、社会が支配されているという思いが、どうしても拭えない。だからこそ、ウィリアムたちの“憂国”ゆえの犯罪に、拍手を送りたくなる。ヴィクトリア朝の犯罪卿が、令和を生きる私たちの鬱屈を晴らしてくれるのだ。
■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。
■書籍情報
『憂国のモリアーティ』1〜11巻(連載中)
構成:竹内良輔
漫画:三好輝
原案:コナン・ドイル
出版社:集英社
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