オレオレ詐欺、なぜ被害が後を絶たない? 『オレオレの巣窟』著者が語る、高度化する手口とその背景

『オレオレの巣窟』インタビュー

 高齢者の家庭に、その子どもや孫と偽って電話をかけ、多額の金額を騙し取る“オレオレ詐欺”。その呼称が一般化してから、既に15年以上の月日が経とうとしている(手口の多様化に伴い、その呼称が実態と合わないとして、2004年の11月に警視庁は、“オレオレ詐欺”という呼称を“振り込め詐欺”に改めた)。しかし、その後も現在に至るまで、被害者に電話をかけるなどして対面することなく信頼させ、指定の口座への入金を促すなど、不特定多数の者から現金などを騙し取る犯罪──いわゆる“特殊詐欺”の被害は、依然として後を絶たない。ちなみに、警視庁の発表によると、平成30年中の特殊詐欺の認知件数は、17,844件、その被害総額は実に約382.9億円に上るという(参照:https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki31/1_hurikome.htm)。警視庁をはじめ、さまざまなメディアによる再三の注意喚起や、当局の懸命な捜査・摘発にもかかわらず、それらの“特殊詐欺”が無くならないのは、一体なぜなのか? そして、それらの詐欺に手を染めている人々は、果たして何者なのだろうか?

「やはり詐欺集団が、我々が思っている以上に高度に組織化されているからでしょう。分業体制がしっかりと敷かれていて、なかなかその全貌がわからないようになっている。あとは、名簿の精度ですよね。『名前を名乗らないやつが、“オレだよ、オレ……”と電話してきても、絶対お金なんて払わないよ』──みなさん、そうおっしゃいますが、今の特殊詐欺の実行犯たちが手にしている名簿には、相手の名前はもちろん、家族構成や貯蓄額に至るまで、実に詳細な情報が記されているのです。だから、絶対に油断してはいけない。事前にそこまで調べられていたら、騙されないほうがおかしいというぐらい、今の特殊詐欺の手口は巧妙化しているのです」

志駕晃氏

 そう語るのは、小説『オレオレの巣窟』(幻冬舎)を上梓したばかりの作家・志駕晃だ。映画版も大ヒットしたことが記憶に新しい小説『スマホを落としただけなのに』(宝島社)で、一躍注目を浴びるようになった彼の最新作『オレオレの巣窟』は、その題名のごとく、“オレオレ詐欺”をはじめ、いわゆる“特殊詐欺”と呼ばれる犯罪に関わる人々を描いた、手に汗握る一大エンタテイメント小説となっている。ニュースやドキュメンタリー、あるいはルポルタージュとは異なるアプローチで、詐欺に関わる人々の実像と、その根底にある“世代間格差”や“若者たちの貧困”といった問題を描き出そうとする本作。そもそも、なぜ彼は、今回“オレオレ詐欺”をモチーフとした物語を描こうと思ったのだろうか。

「『スマホを落としただけなのに』もそうだったんですけど、たとえば殺人事件って、滅多に自分の周囲では起きないじゃないですか。殺人事件を書いたミステリはいっぱいあるけど、そうそう人は殺されないわけで。でも、スマホのセキュリティに関して不安になることは、みなさん結構あると思うんですよね。だから、あの小説にあれだけ反響があったんだと思っていて。その延長線上で、何か似たようなものがあるかなって思ったときに、“オレオレ詐欺”のことを思いついたんです。“オレオレ詐欺”のような電話は、ご年配の方の家にはほとんどかかってきているし、実際自分のまわりでも、何百万取られたっていう話を結構普通に聞くんですよね。それだけ一般的になっているものなら、きっと多くの人にとって身近に感じてもらえるんじゃないかと思って。それで、こういう小説を書いてみようと思ったんです」

 テレビの報道番組などではもちろん、鈴木大介のルポルタージュ『老人喰い』を原案とした『スカム』(MBS)、NHK「土曜ドラマ」枠で放送された『サギデカ』(NHK)など、“オレオレ詐欺”を扱ったドラマなども、相次いで放送されている昨今。それらのドラマと同様、本作で描き出されている詐欺の手口は、こちらの予想を上回るほど巧妙で、冒頭から早くも読者の興味を惹きつけるものとなっている。たとえば、本作の冒頭で紹介される“オレオレ詐欺に騙されたふり作戦”。要は、詐欺グループを検挙するため、オレオレ詐欺に気づいて通報してきた人たちに、そのまま騙されたふりをして協力を求める警察側の作戦なのだが、現在の詐欺グループは、その作戦すら逆手に取って、二重三重の詐欺を仕掛けてくるというのだ。しかも、その手口は、みるみる変化していくという。

「僕は、基本的に全部調べて書くタイプというか、書きながら調べていくタイプなので、参考文献みたいなものは、鈴木大介さんの著作をはじめ、いろいろと読ませていただいたんですけど、今回この小説を書く上で苦労したのは、“オレオレ詐欺”の手口が、あっという間に変化してしまうことでした。この小説のプロットを考えたのは、去年の11月ぐらいだったんですけれど、本作の冒頭で使った“オレオレ詐欺に騙されたふり作戦に騙された作戦”みたいなものは、ちょうどその頃に流行っていた手口だったんですね。でも、そのあと警察の人にいろいろと教えてもらったら、“キャッシュカード手交型”というのが、その後流行り始めていて……なので、それも一応小説のなかに盛り込んだんですけど、そこから今度は“アポ電強盗”みたいな事件が起こった。さらにこの小説をほとんど書き終わった頃には、タイで振り込め詐欺のグループが摘発されました。そういう意味で、これは本当に刻々とその手口が変化していく詐欺なんだということは、改めて痛感しましたね。まあ、いちばん困ったのは、本の原稿を全部入稿したあとに起こった“闇営業”をめぐる一連の騒動だったんですけど。あのときは正直、この本は出版できないんじゃないかと、ちょっと心配になりました(笑)」

 まさしく、警察と“いたちごっこ”を繰り広げるように、日々更新されていく特殊詐欺の手口。本書でも詳細に描き出されているように、詐欺グループはもはや周到に組織化され、摘発を免れるよう徹底した分業体制を敷くなど、高度に進化し続けているのだ。自分たちは大丈夫──そんな思い込みを逆手に取るほど巧妙な手口の数々。それを知るだけでもある意味十分勉強になる本作だが、面白いのはそれだけではなかった。この小説が面白いのは、物語の中心となる“オレオレ詐欺”グループの関係者の他、結婚詐欺師、出会い系サイトのサクラ、さらには奨学金の返済のため、風俗で働くことを余儀なくされる女性など、さまざまな背景を持った人物たちが複雑に絡まり合って織りなす、その人間模様にあるのだった。“騙す者”と“騙される者”が、ときに入れ替わりながら、幾多の“どんでん返し”を経て展開してゆく物語。それこそが、本作『オレオレの巣窟』の最大の面白さだ。

「ひと口に“オレオレ詐欺”と言っても、その“社長”と“受け子”では全然立場が違うし、出会い系サイトのサクラみたいな人も、そういう意味では誰かを騙してお金を稼いでいるわけで。それを言ったら、結婚詐欺やロマンス詐欺みたいなものもいまだにあるし、キャバクラだって大きな意味では詐欺だよねっていう(笑)。そうやって、いろんな“詐欺”を絡めていったら、うまく話が転がっていくかなと思って。あと、作家としての憧れのひとつとして、“コン・ゲーム”ものを書いてみたいっていうのはあったんですよね。複数の登場人物が出てきて、彼/彼女たちが騙し騙されながら、最後どうなるのかっていう。ただ、それらのことについていろいろと取材を重ねるうちに、あることに気づいたんです。その根底には、やはり今の若者の貧困みたいなものがどうしてもあるなと。しかもそれは、僕が想像していたよりもっと深刻で、それこそ詐欺よりも奨学金の返済のほうがよっぽど怖かったりするわけです。なので、そのあたりを書いていくうちに、いろんな意味で今の若者たちのまわりにある恐怖みたいなものを、うまく括ることができるんじゃないかなという思いもありました。とはいえ、彼らがやっていることの多くは犯罪なので、たとえどんなに儲かろうと、どこかで良心の呵責が出たりして、そこから抜けたいとか、抜けられないみたいな話にもなってくるでしょう。だから、後半の展開とかは、スルスルっていうわけじゃないですけど、ストーリーに導かれるように書けたところはありましたね」

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