星野源、競争と熱狂の先で“個”に寄り添うメッセージ スポーツを飛び越えて生活に重なる「生命体」の眼差し
星野源が8月14日にリリースした新曲「生命体」。『世界陸上』『アジア大会』TBS系テーマ曲でもあるこの曲でまず耳を捉えるのは、なんといっても荒々しくダイナミックに鳴り響くドラムのビートだろう。勢いのあるフレーズをタイトに叩きながら要所要所でアクセントの効いたフィルを鳴らし、楽曲をドライブさせていく。ドラムのほかはベース、ピアノ、サックス、ハンドクラップ、そして歌声というきわめてシンプルな削ぎ落とされた編成。こうしたタイトな編成だからこそ、性急に移り変わるコード運びもまた印象的に浮き上がってくる。ここしばらく星野と印象的なタッグを組んできたmabanuaが演奏のほか共同でアレンジを手掛けており、ドラムにはこれまでにも「不思議」で演奏した石若駿が参加している。参加した面々を見ても、2021年以降の星野源のモードを引き継ぎつつ、これまでの楽曲とも一味違う新しい表情を見せている。
特におもしろいのは、編成がシンプルなだけではなく、展開もきわめてストレートなものに徹しているところだ。ギミック的な要素を排して、ハイテンションで短距離を疾走していくかのような息を呑む構成になっている。中盤に挟まれるサックスソロは、まっすぐなクライマックスを演出し、ハイトーン寄りの音域を多用した歌メロも相まって、全体が高揚感に包まれている。あたかもバンドが躍動する運動そのものを封じ込めたような力強い一曲だ。
こうした展開のストレートさと演奏が織りなす最高潮、そして曲全体の高揚感。そのいずれもが、『世界陸上』『アジア大会』というアスリートたちの場にフィットしている。テーマ曲としては申し分ないだろう。
一方、歌詞では、サウンドとともに『世界陸上』『アジア大会』のテーマ曲という「役割」を果たしていることは言うまでもないが、私たち聴き手の生活に重なる普遍的なメッセージと、スポーツの魅力をいかに重ね合わせているかが興味深い。
平歌は、アスリートが身を置く場/競技としての「競争」にかけつつも、俗世間のしがらみに満ちた不平等な競争社会を皮肉りながら描き、そこから解放されることを歌う。例えば〈気が付けば 競ってるの/勝て 走れと〉は、必ずしも『世界陸上』『アジア大会』という場に属するものではない。
むしろ、アスリートの姿が現れるのは、「競争」のその先を歌うサビだ。〈風に肌が混ざり溶けてく/境目は消える〉とはまさに、ゾーンに入ったアスリートの心象風景のようだ。「競争」という一人ひとりが互いに衝突し合う場ではなくて、むしろ、その先にある「競争」を忘れた没頭こそが、アスリートのいる場なんじゃないか、というように。「競争」からの解放を目指すメッセージの普遍性に加えて、サビが歌い上げるのはスポーツの現場で選手が味わうさわやかな陶酔なのだ。それはまた、毎日のように強いられる「競争」にすり潰されてしまいそうな私たちの解放と重ねられる。スポーツであれ、私たちの生であれ、「競争」を忘れた先にこそ、救いがあるのだと。