シングル『不思議/創造』インタビュー
星野源、これまでとは違う音楽の地平へ 「創造」と「不思議」で語る“新しい星野源”
星野源が、シングル『不思議/創造』を6月23日にリリースする。2018年のシングル『ドラえもん』以来となるパッケージリリースとなる今作は、TBS系火曜ドラマ『着飾る恋には理由があって』主題歌の「不思議」、スーパーマリオブラザーズ35周年テーマソングの「創造」そして、『第71回NHK紅白歌合戦』で披露された「うちで踊ろう(大晦日)」の新録、TBSラジオ『バナナマンのバナナムーンGOLD』の企画で制作された「そしたら」の4曲が収録される。
今回の取材では、聞き手に高橋芳朗氏を迎え、昨年の緊急事態宣言下からの星野源の制作環境の変化から「折り合い」、「Good in Bed (Gen Hoshino Remix)」(デュア・リパ)そして「創造」と続いてきた音楽制作の過程をインタビュー。同時に『Same Thing』とはまったく違う場所にたどり着いたという自身の音楽について、「不思議」「創造」を軸に星野源の新たなステージについて聞いた。(編集部)
いままでの自分を明確に超えなくちゃいけない
――まずは星野さんの制作環境の変化についてお話を聞かせてください。昨年の緊急事態宣言下、自粛期間中にDAWソフトを使った音楽制作とキーボードを使った作曲を始められたそうで。これはなにかしらの意図やビジョンがあったうえでの取り組みだったのでしょうか?
星野源(以下、星野):前からピアノの練習はしたかったんですけど、やる時間がぜんぜんなかったんです。DAWのソフト自体ももう入手してから15年ぐらいになるんですけど、録音機としてしか使っていなくて。だからいずれちゃんとやりたいとは思っていたんですけど、簡単に覚えられるものでもないだろうから、じっくり取り組むだけの時間がないとダメだと思っていて。そんなタイミングで緊急事態宣言になって、ようやく手をつけ始めた感じですね。
ーーそのDAWを駆使した楽曲制作の最初の成果が、TBSラジオ『バナナマンのバナナムーンGOLD』の2020年5月15日放送回で日村勇紀さんの誕生日回で発表された「折り合い」だったと。
星野:なにかを学ぶときや身につけたいときはいつもそうなんですけど、もうやらざるを得ないような状況に自分を追い込むために仕事にしちゃうんですよ(笑)。練習や趣味でやるとすぐにへこたれてしまうから、仕事にすることで否応なく締め切りを設定して。このときもちょうど打ち込みの練習を始めたころ、数週間後に日村さんのラジオがあるからもうそこを目指して一度作ってしまおうと。自分にハードルを課す良いタイミングだったんです。それからは毎日ひたすら曲作りをしていたので、DAWの使い方も一気に身につきました。人に頼らないでどこまでできるのか、実験してみたようなところもありました。
ーーその時点でDAWでの制作に対する手応えはどのようなものだったのでしょう?
星野:ものすごく楽しくて、延々とやっていられたんですよ。自分はなにかをやろうとするとすぐにしんどくなっちゃうタイプで、すぐに飽きて別のことを始めてしまうんですけど、DAWに関してはずっとやっていられて。もう食事を忘れるぐらいだったから、きっとこれは向いているんだろうと思いました。
ーー6月19日に「折り合い」をリリースしたあと、8月28日にはデュア・リパの「Good in Bed (Gen Hoshino Remix)」が公開になります。これも新しい制作環境で作られたものですか?
星野:そうです。「折り合い」の直後ぐらいに作ったんだと思います。ただ、そのときはあまり時間がなかったのでやれることは少なくて。本当にものすごく少ない手数でやったんですけど、そこからまた曲を作り続けたことで少しずつスキルが上がっていきました。それが「創造」に結びついていった感じですね。
ーーその「創造」はスーパーマリオブラザーズの35周年テレビCMを通じて9月4日にCMサイズ版が公開になります。当時星野さんが『オールナイトニッポン』でお話していたところによると、2020年2月ごろにはすでに完成していたそうで。
星野:CM尺のものはそのぐらいにできていました。
ーーつまりCMサイズの「創造」はDAW制作を始める前にすでに完成していたと。
星野:はい。最初から「いままでにないものをつくるぞ!」という気持ちはあったんですけど、当時はまだギターで作曲していたからいままでのライン上にある感じで。それでも納得がいくものができたからそれはそれでよかったんですけどね。コロナ禍を経てキーボードを使った作曲を覚え始めて、改めてフルサイズの制作を始めたときにCM尺の「創造」を作っていたときに足りないと感じていたことがぜんぶできそうに思えてきたんです。この一年間、我慢して溜め込んだものを2020年の年末にすべてぶち込むみたいな。「創造」はそうやってできあがっていきました。
ーー「創造」はCMサイズの時点ですでにビッグな曲になる予感を漂わせていましたが、もともと星野さんはどんなビジョンをもって制作に着手したのでしょう?
星野:とにかく、いままでの自分を明確に超えなくちゃいけないとは思っていて。超えるというのは、ちょっと次元が違うところにいくイメージですね。どこかに紐づいているというよりは、一気にぜんぶのストーリーを解決できるものを目指したくて。いままでやってきた自分の流れの次に行くことと、本格的な音楽活動を再開してもう一回エンジンをかけること。それらをすべてベストなかたちでクリアできる曲ってなんだろうって考えたら、聴いたときに「なんだかわからないんだけどすごい!」って言ってもらえるようなものを作ればいいんだと思って。そうすればポップでもありオルタナティブでもある曲になるだろうと。「もうとにかくここにぜんぶ入っています!」みたいな、頭がおかしくてめちゃくちゃ楽しいことをやりたくなって。「よかったら聴いてみてください!」とかではなく「聴けよコラ!」って感じですね(笑)、そういう力をもったものを作りたいと思ったんです。ただ、CM尺のバージョンができたときはまだまだなにかが足りないと思っていて。もっといけるはずだと思ったから、覚えたばかりのDAWで細部を延々と作り込んでいきました。
ーーDAW制作を体得したことによって当初描いていたビジョンに行き着くことができたと。
星野:そうですね。自分でどこに辿り着くかわからないまま作曲しているのがすごく楽しかったんです。ギターでの作曲だとどうしても手グセを拭いきれなくて、だいたい次はここにいくだろうっていうのがあるんですけど、キーボードだとまだクセがないぶん自分からクセを避けられるんですよ。次はここにいったらおもしろいだろうという幅が、なんだかわからないけどものすごく広がりました。「このコードの次はだいたいこのコードだろう」みたいなところとはまた違う方向に進行していくんだけど、それでも自分のなかでは成立しているというか。音楽基準ではなく、あくまで俺基準の進行なんです。しかもそれをひとつずつ記録していって、気に入らなかったら変えることができるようになったのが大きくて。いままではギターで不完全なままイメージを維持させながら、ギターで表現できないなにかを頭のなかに残してバンドのメンバーに持っていって。それでいろいろと指示を出しながら自分のイメージに近づけていく作業だったんですけど、ぜんぶパソコンのなかであらかじめ構築できるようになって。自分のイメージを最初から正確に伝えることができるようになったのはすごく大きかったですね。
ーー実際、完全版の「創造」は星野さんのネクストレベルといえる傑作だと思います。過激で奔放で、でもめちゃくちゃ踊れて楽しくて、その一方で聴く者を圧倒する凄みもあって。歌詞で歌われているようなことがすべて音で表現されているような曲だなと。
星野:ああ、うれしいですね。
ーー実際、僕の周りでも普段そんなにリアクションしてこないような人たちから「星野さんの新しいの、ちょっとすごくない?」みたいな反応が結構あったんですよ。やっぱり、半ば強引に人を振り向かせるようながむしゃらなパワーが確実にある曲だとは思っていて。そういうこれまでとは違った反響はありましたか?
星野:めちゃくちゃありましたね。本当に強引に振り向かせることを第一目標にしていたので、そこは意図した通りになりました。芳朗さんが言っていたみたいに普段反応しないような人がリアクションしてくるということは、それだけ自分の音楽の趣向性を広げられたということだと思うので。そうそう、ルイス・コールから「新曲ヤバいね!」ってメールが届いたんですよ。
ーーおおっ、ルイス・コールですか!
星野:「最近どう?」みたいなやり取りをすることはよくあるんですけど、音楽の話は今まであまりなかったんです。それが今回は向こうからリアクションしてくれたので、きっとなにかひとつ超えたものがあるんでしょうね。そこは実感としてすごくあります。
ーールイス・コールの名前が出てびっくりしたんですけど、好奇心の赴くままにやりたいことをやり抜く痛快さや爽快さみたいなところでは、星野さんのお友達のサンダーキャットが去年リリースした「I Love Louis Cole」を思い出したりもしたんですよ。音楽的にどうこうではなく、アティテュード的に。あの突き抜け方ですよね。
星野:そのへんはやっぱりとても影響を受けていると思います。あのパッションも含めて本当に好き勝手にやっている感じ、好きにやっているようでちゃんと世界に影響を与えている感じがすごくおもしろい。「I Love Louis Cole」って涙が出るぐらいにポップで、でもすごく自由じゃないですか。そういう音楽の作り方をしている友達が近くにいることによって良い影響を受けています。