スピッツ、DREAMS COME TRUE、山下達郎……“食”を通した描写が音楽に与える効果を探る
“プルースト効果”満載のくるりの楽曲
食を扱う楽曲の多さで言えば、くるりを忘れてはいけない。近年の代表曲「琥珀色の街、上海蟹の朝」を筆頭に「ハム食べたい」「ベーコン&エッグ」「りんご飴」など、直接的な描写としても比喩表現としても様々な用法で食を題材としている。
中でもピアノの弾き語りだけで構成された「カレーの歌」は印象的だ。別れの場面でありながら、〈カレーの香りは君と同じで〉と生活の中に共にあった風景を描いていく。嗅覚と記憶が結びつき、その香りで過去の出来事を思い出す現象はプルースト効果と言われるが、生活の中で起こる最も身近なプルースト効果は料理の匂いが引き出す思い出なのかもしれない。
このように特定の記憶と結びつく表現として料理や味覚/嗅覚が用いられることも多い。OKAMOTO’Sの「M」は、〈マクドナルド行きたい行きたい ダブチーとか食べたい食べたい〉と若かりしあの頃を振り返り、現在の自分を見つめる1曲だ。BUMP OF CHICKEN「魔法の料理~君から君へ」は〈叱られた後にある晩御飯の不思議〉という幼少期の記憶を始まりに、子どもの頃の自分と対話するように進行する。メロディやサウンドだけでなく、聴き手の思い出に接続する歌詞表現によって心揺さぶる楽曲に仕上がっているのだ。
DREAMS COME TRUEの「なんて恋したんだろ」はその代表格と言える。〈最後の夜 話し疲れて ふたりでおうどん 泣きながら食べた〉という歌い出しで瞬時に感傷的な思いが溢れ、悲恋の中にも温かみのある1曲として余韻を残していく。またドリカムには「あなたにサラダ」、そして「あなたにサラダ以外も」といった幸せな側面も食を通じて描いている。誰もが思いを馳せやすいシチュエーションで、人生の悲喜こもごもを表現する名手だ。
山下達郎が2019年にリリースした「RECIPE」はコース料理と大切な人への想いを美しく融和させたロマンチックな1曲。普遍的なモチーフが味わい深くなることを強く証明している。暮らしの中で見つけるささやかな、だが格別な喜びを噛み締めるこの1曲は、何気ない日常に至上の幸福があることを示してくれる。
一方、幸福に描かれがちな食の印象を一転させる曲もある。サカナクションの「壁」には〈隣の家の窓から見える温かそうなシチュー〉、そして〈いつも僕が一人で食べる夕食の味は孤独の味がした気がするんだ〉という対比表現がある。温もりの象徴としてのシチューが自身の沈んだ気分を際立たせ、思い詰めた心象を巧みに表現している。このように、アーティストのリアルな心情描写を引き出すうえでも「食」の表現は多様な効果を発揮しているのだ。
味覚・嗅覚・温度感覚を表現し、音楽に複層的なイメージを付与する「食」という誰にとっても共感しやすい題材は、感情やイメージを鮮やかなものにし、楽曲をより立体的にしていく。「食」は生活の中に浸透させ、末永く愛される楽曲にする重要な要素なのかもしれない。