『おむすび』緒形直人の深い愛情が胸を打つ 新納慎也が体現した“人情ものの味”
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『おむすび』(NHK総合)第84話では、孝雄(緒形直人)が新しい一歩を踏み出した。
チャンミカ(松井玲奈)の古着屋「ガーリーズ」はSNS効果で全国から注文が舞い込み、借金もほぼ完済。閉店しなくてすむことになった。ネットショッピングに活路を見いだしたことで、今後の見通しも明るい。『おむすび』作中の90年代は古着ブームで、各地に古着屋が開店。一時期、下火になったものの、ネット販売に移行して販路を拡大した業者もいた。ドラマの描写は現実の動きをとらえていた。
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結(橋本環奈)の出番が少ないこの2週間、『おむすび』を比較的気楽な気持ちで観ている。朝の忙しい時間帯に放送される朝ドラは、ルーツがラジオなだけに、耳なじみの良さとわかりやすい進行が特徴。1週間単位で描かれるドラマは、独立したエピソードとして楽しめるもので、サブキャラクターの群像劇もドラマの中の日常と割り切れば違和感はない。
アラカルト的に盛り付けた挿話の一つが歩(仲里依紗)とチャンミカを中心とする「ガーリーズ」の顛末で、別の軸が神戸さくら通り商店街の再開発をめぐる一件である。商店街に客を呼び込もうと、名物メニューで話題づくりに励む聖人(北村有起哉)や美佐江(キムラ緑子)たちをよそに、孝雄は店舗の土地売却に応じた。真紀(大島美優)の思い出が詰まった店をたたむ理由を孝雄は歩に語った。
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孝雄の心境の変化を本作は丁寧に描いてきた。心を閉ざしていた孝雄は、周囲の呼びかけに応えて、少しずつ生きる気力を取り戻していく。聖人や歩が寄り添い、靴職人としてギャルに喜ばれるようになり、生きがいができた。充実した日々を送りながら、少しずつ真紀のことを思い出す時間が減っていることに気づき愕然とする。孝雄は店と土地を手放すことで、真紀との絆を決定的に失ってしまうのではないかと葛藤したに違いない。
同じことは歩にも言えて、歩も真紀のことを忘れつつある自分を責める。そんな歩に、第82話で愛子(麻生久美子)は忘れてもいいと返す。忘れるのは前に進めているからで「思い出せるときに思い出せばいい」。愛子の言葉を反芻し、真紀との思い出を振り返る中で、歩は真紀と一緒に録音したテープの存在を思い出した。