緒形直人の“誠実な演技”が与えるもの 『おむすび』渡辺孝雄の役どころを改めて読む

放送中の朝ドラ『おむすび』(NHK総合)は、ヒロイン・米田結役の橋本環奈をはじめとする多彩な俳優陣によって成り立っている作品だ。物語が大きく展開し、描くテーマや対象の人物が変わるたび、当然ながらその中心に立つ存在も変わってくる。
ショッピングセンターの建設計画により、さくら通り商店街の人々は焦燥感に駆られているところだが、いまこの展開の中心に立っているキャラクターは渡辺孝雄だろうか。演じているのは緒形直人である。

本作は、栄養士である結が自分らしさを貫く“ギャルマインド”で、「食」をとおして人々と未来を結んでいく青春模様を描くもの。彼女の人生を軸として、これまでさまざまな登場人物たちの日常が描かれてきた。現在の物語の主な舞台は神戸であり、人々の背景には1995年の阪神・淡路大震災がある。そして、2011年には東日本大震災が起きた。東北から遠く離れてはいるが、誰もが無関係ではない。結や、彼女の姉である歩(仲里依紗)らの言動には、そういった強い想いが感じられたものである。
そんな本作で緒形が演じている渡辺孝雄は、さくら通り商店街で靴店を営む腕利きの靴職人だ。彼は1995年の震災で大切なひとり娘を亡くしてからというもの孤立していたが、いまでは“ナベさん”の愛称で親しまれ、ギャルたちからは“ナベべ”と呼ばれている。朝ドラは主人公の人生を描くものだから、時間の経過が早い。ときには驚くほどの飛躍をしたりもする。だから私たち視聴者にとってはつい最近のことなのだが、かつてのナベさんはかなり気難しい人だった。つねに渋面を浮かべ、発する言葉にも声の調子にも、自分の周りから他者を排除しようという姿勢が感じられたものだったのだ。緒形が立ち上げたナベさん像である。
いくら時間が経ったとはいえ、大切な人を失った心の傷が完全に癒えることはないだろう。他人と交わるくらいなら、遠くへ行ってしまった家族のことを想うほうがいい。それくらい、ナベさんは自分の心を固く閉ざしていたのである。だからこそ、彼がギャルたちから“ナベべ”などと呼ばれるようになるだなんて、想像もしていなかった。演じる緒形もかなり大変だったのではないだろうか。過去のナベさんと現在のナベさんの間にはキャラクターとして大きな開き(=違い)があり、過去から現在への変化のグラデーションに注意しながら、渡辺孝雄という人間の人生を歩まなければならなかったのだ。

ときおり、まるで別人のように感じてしまうこともあるのだが、過去と現在とで“一人二役”のようになってはならない。過去から現在にかけて流れてきたはずの時間を、緒形は私たちに感じさせなければならない。本作でもっとも“キャラ変”をしたのはナベさんだと思うものの(大マジメだった結がギャル化したとき以上にである)、ふとした瞬間にのぞかせる陰りが、現在の彼は過去(=娘と離れ離れになった日)の延長線上にあるものなのだと感じさせられる。そのたびに私たちは立ち止まる。脚本上そうなっているのは理解できるのだが、俳優個人に高い技術があれば実現できるというものでもないのだろう。やはり高い経験値があってこそのものだろうか。




















