『べらぼう』平賀源内を通して知る“広告”の真髄 “ありのまま”だからこそ伝わるもの
花の井は、歌舞伎役者の男装姿で座敷に登場。これは平賀源内が愛した二代目瀬川菊之丞の姿を模してのこと。二代目瀬川菊之丞とは江戸で人気を博した女形役者で、平賀源内との仲は広く知られていたという。花の井は「瀬川」を名乗り、平賀源内に瀬川菊之丞との思い出に寄り添うような時間を提供すると約束する。
平賀源内と瀬川菊之丞の関係性は有名だったとはいえ、花の井は吉原から出ることの許されない身分。日頃からさまざまな情報を見聞きし、知見を広げていなければできない振る舞いだ。その花の井の心意気に、平賀源内も本気で吉原と向き合おうと腹をくくったようだった。
花の井と過ごすひとときに、瀬川と過ごした甘い日々の夢を見る。吉原は、春を売る場所。その春とは、人によっては肉体的快楽だけでなく、精神的な慰めということもあったのではないかと想像する。少なくとも、女性を恋愛対象にしない平賀源内が、序を書いてもいいと思えるくらいには花の井が見せた春に心が動かされたのではないかと。
しかし、序の内容は相変わらずの「平賀源内節」で笑ってしまった。蔦重が話していたような「遊女たちが綺麗だ」「芸事が一流だ」「料理がうまい」などという、吉原をおだてる言葉は一切ない。そんな夢のような空間として捲し立てるのではなく、まとめるならば「吉原には遊女がたくさんいる」という事実をそのまま伝える内容だったのだ。
なんなら、商品として扱われている女性たちに向けられた視線の厳しさといったらない。おしとやかなら物足りないと言われ、盛り上げ上手ならばお転婆だと言われ。容姿についても言いたい放題。どうにも完璧な女性などいないと言い切る始末だ。でも、それが平賀源内の見た吉原だった。とにかくたくさんの遊女がいて、その中にもしかしたら自分にとっての「春」を見せてくれる人と出会えるという夢を見せてくれる場所。
そもそも客側だっていろいろなのだ。誰もが憧れるような美女を落とすことが楽しい人もいれば、控えめな女性を守ってあげたいと思う人もいる。多くを語らずとも話がわかる知的な女性の粋な演出にかつての美しい思い出を幻に見る人も。自分にとってどんな「春」が待っているのか。それは行ってみないとわからない。それが吉原という場所なのだと。
その冷静かつ正直な視点は、現代においても通じるものだ。褒め称えるほどに手が届かない印象を与えることもある。「すごい、すごい」と囃し立てればむしろ尻込みさせてしまうことも。だからこそ、平賀源内はあえてありのままに、いやむしろ辛辣に遊女たちについて書き連ねたのかもしれない。そして「ならば、一度のぞいてみようか」と、より身近に思える場所にしようとしたのではないかと感じた。
見事、平賀源内の序を手に入れた蔦重に、鱗形屋はさらに各店の最新情報を集めるようにと編集業務を課す。しかも、情報収集にかかった費用は出さないというブラックぶりだ。搾取する側とされる側がいるのは世の常。フィクションであってもそんな現実を痛感させられて思わずため息が出そうになる。だが、同時に吉原を盛り上げるためにやるべきことを見つけた蔦重の生き生きとした表情にも元気をもらう。
世の中、金でしか動かないと言う田沼意次(渡辺謙)の言い分もたしか。だが、蔦重のようにやりがいがあってこそビジネスが動き出すというのもまた真理。果たして、蔦重の頑張りがこれからどのようにして江戸を動かしていくのか。そして、続々と登場するキャラクターたちの鋭い視線に、令和の世を生きる我々にもたくさんの気づきをくれるのではないかという予感がする。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK