『べらぼう』の“かつての名子役”たち 寺田心、安達祐実、伊藤淳史らの“ギャップ”に驚き

それなりに長く人生を生きていると、かつての名子役たちの成長を見ることが、無上の楽しみとなる。かつては“かわいさの化身”として世に出た彼ら彼女らが、悪い大人の役などを演じているのを観ると、大変感慨深いものがある。酒も進む。
NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』には、かつて一世を風靡した名子役たちが3人も出ている。忘八のりつを演じる安達祐実。同じく忘八の大文字屋市兵衛を演じる伊藤淳史。そして、後に松平定信となる田安賢丸を演じる寺田心だ。それぞれに腹に一物抱えた一筋縄ではいかない役柄であり、子役時代には考えられなかった悪い顔も見せる。酒がうまい。
彼ら彼女らの人生、そして『べらぼう』での活躍を、振り返ってみよう。乾杯。
安達祐実(りつ役)

まずは安達祐実である。大黒屋の女将・りつを演じている。アクの強い忘八軍団の紅一点である。あのいたいけな少女だった彼女が、こわもての駿河屋市右衛門(高橋克実)や扇屋宇右衛門(山路和弘)らに一歩も引かず、それどころか彼女がボスなんじゃないかぐらいの貫録だ。
彼女の存在を初めて認識したのは、1991年、ハウス食品『咖喱工房』のCMである。小林稔侍演じるお父さんに「“ぐ”が大きい」と言われてしょんぼりする姿が印象的で、「こんな4歳ぐらいの女の子にかわいそうに」と思っていたが、実際は9~10歳であった。その後、1994年のドラマ『家なき子』(日本テレビ系)での「同情するなら金をくれ!」で大ブレイク。現在は落ち着いた大人の女性を演じることも多くなった。
『べらぼう』では忘八の彼女だが、2014年の映画『花宵道中』では遊女・朝霧を演じている。遊女と間夫(まぶ)の悲恋もので、『べらぼう』での新之助(井之脇海)とうつせみ(小野花梨)のエピソードを思い出す。死罪となった間夫の後を追い、お歯黒溝に身を投げる遊女の話である。安達祐実と相手役の淵上泰史の2人が、儚くも美しい。来世での幸せを切に願う。ちなみに、友近(忘八役)の名言「股開かざる者、食うべからず」が登場するのも、この作品である。

朝霧があまりにも儚くかわいそうだったので、筆者は『べらぼう』のりつを、「実は死ななかった世界線の朝霧」として見ている。年季明けまで勤め上げ、そのまま松葉屋のいね(水野美紀)のように、女将さんになってしまったのだと。そう思って観ると、眉なしでドスの効いたりつもかわいく見えてくる。
事実、なぜか忘八たちが猫語を話す第4回においても、「女郎の錦絵でも出しちゃどうかにゃ」とか「大船に乗ったつもりでいにゃ」とか言うときのりつは、すこぶるかわいい。本来の安達祐実のかわいさである。この頃になると、眉なしの顔も見慣れてきているし。
史実通りであれば、大黒屋は後に女郎屋を廃業し、芸妓の取り次ぎなどを行う見番となる。そして蔦重(横浜流星)の出版にも、大きな影響を与えていくようだ。楽しみである。
伊藤淳史(大文字屋市兵衛役)

そして伊藤淳史である。大文字屋の主人・大文字屋市兵衛を演じている。第1回において、「あいつら(女郎)にはカボチャ食わしときゃいいんですよ!」「(女郎が)どんどん死んで入れ替わってくれたほうが、客も楽しみなんだよ!」などの非道な発言を連発する。この彼の発言により、忘八というものがどういう人種なのかがよくわかる。また、「伊藤淳史=善人」というイメージが強いため、よりインパクトがあった。
彼が初めて世間に認知されたのは、『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)内コーナードラマ『仮面ノリダー』におけるチビノリダー役だと思われる。ただ当時4~5歳だった彼は、ほとんど覚えていないそうだ。その後、『電車男』(フジテレビ系)や『チーム・バチスタ』シリーズ(フジテレビ系)のヒットにより、「気の弱い善人」イメージが定着する。
『べらぼう』における彼の役柄は、「悪人」である。だが極悪人ではなく、やや憎めないところが、伊藤淳史たる由縁でもある。おそらく彼は忘八の中でも若手であり、舐められないように必死であるように見える。だからこそ、前述のような露悪的な発言を繰り返すのだろう。
ただ彼の周囲には、どれだけ気負っても拭い去れない「舎弟感」が漂う。駿河屋の親父さまが、地本問屋・鶴屋喜右衛門(風間俊介)を階段から叩き落とそうと引きずり出したときの、障子を開ける阿吽の呼吸。今まで何回も何回も、キレた親父さまのサポートを勤めてきたのだと思われる。付き人のようでもある。そして過去には彼自身も、階段から叩き落とされたのではないか。
蔦重の頭をよくはたく彼だが、蔦重が今より偉くなったら、すぐに手のひらを返しそうだ。蔦重の舎弟になる姿を、見られるかもしれない。