『虎に翼』吉田恵里香が突きつける“個”と“家” 名もなき民衆の物語を想像する大切さ

『虎に翼』吉田恵里香が突きつける個と家

 寅子(伊藤沙莉)が法曹界に復帰したNHK連続テレビ小説『虎に翼』第10週「女の知恵は鼻の先?」は、コミカルな演出からはじまり、彼女が見失っていた何が好きで何のために生きているかに気づき、名実ともに復活して見えた。……と思ったところ、ひじょうに重苦しい知らせで終わる。感情のアップダウンの激しい週であった。エンタメとしてはよくできている。

 男女平等が謳われた日本国憲法に励まされ、女性でも裁判官になれると踏んで司法省に乗り込んだ寅子だったが、人事の決定権を握っていたのは、桂場(松山ケンイチ)で、一度法曹界から逃げた寅子に彼は厳しい。容易に裁判官にはしてもらえなかった。

 幸い、ライアンこと久藤(沢村一樹)の力で民法改正に携わる職にありつけたものの、そこには、天敵(?)の小橋(名村辰)がいて、なにかとうっとおしいうえ、気まずい別れ方をした穂高(小林薫)や花岡(岩田剛典)とも再会し、どうにも居心地が悪い。

 女性職員も少なく(ほぼいない)、寅子はあんなに馬鹿にしていた「スンッ」を行うようになってしまう。自由に意見を言わず、お茶を濁すような態度をとり、久藤は「謙虚」と含みのある言い方をする。小橋には「はて?」を言わない寅子はらしくないが、大人になったと嫌味を言われる始末。「はて?」と意義を唱えないことは、はたして大人になることだろうか。いや、断じて違うはずだ。

 自由に意見を言わず、周囲の顔色を伺っている寅子を気の毒に思った穂高は、ほかの就職先を紹介する。そこでついに寅子の眠っていた魂が目覚め、「はて?」が発動した。良かれと思ってとはいえ寅子の真意を理解しない穂高に異議を唱えることができたのは、優三(仲野太賀)の幻に「僕の大好きなあの何かに無我夢中になっているときの寅ちゃんの顔をして何かをがんばってくれること」と、花岡には「前もいまも全部君だよ」と、ふたりが彼女を全肯定してくれたからだろう。そこで寅子は息を吹き返したのだ。

 優三や花岡はわかっている。寅子のスタンスは、あくまで「個」であることを。一度、法の世界を離れることになった穂高とのトラブルも、穂高の「雨だれ石を穿つ」という全体あってのひとりであるという考え方への疑問だった。彼女は「個」の満足が優先されるべきという考えなのだ。

 子供ができても前線で働きたいという考えがどんなに無謀であろうとも、それに挑む自由を誰にも止められるものではない。寅子は家に帰っても優未(斎藤羽結)の世話にかまけることなく、法律の勉強を優先しているように見える。優未がおとなしく聞き分けよさそうなのでそれが可能だ。

 ぐずっているのを放置していたら問題だが、おとなしい幼子にコミットしない親がいてもいいだろう。ただし、娘は幼心に親に気を使っている可能性も念頭に入れる必要はありそうだ。一方、花江(森田望智)は、眠る子供たちを愛おしそうに見つめている。寅子と花江を相対的に描いているのは一目瞭然だ。

 寅子は法律が好きで、法律の仕事がしたい。その仕事でお金を稼いで、家族を養いたい。その思いを貫こうと決意した寅子は、民法改正案に対して「家のまえに、ひとりひとりの尊厳を」と主張する。

 昔ながらの家族を大事にするという美風を残したいと考える神保教授(木場勝己)は、みんなが自分のことばかり主張しはじめたら「家族なんてすぐに散り散りになっちまうよ」と苦々しい顔をする。この場面が面白かった。それまで、ひじょうに紳士的に穏やかに振る舞っていた神保が「なっちまうよ」と荒い口調になるのだ。彼の紳士的なふるまいも女性の「スンッ」と同じく擬態なのだろう。そして、彼が「家」を大事にするこれまでの考えを守ろうとすることに何かほかに理由があるのではないかと想像できる。

 結果的に、神保のゴリ押しによって、家族は「互いにたすけあわねばならない」という条文は残った。久藤は「こんな当たり前のことをわざわざ法律で規定することを国民はどう考えるのかねえ」と苦笑する。

 ここからは一視聴者の勝手な感想だ。神保の「家」は「国」に置き換えて考えることも可能ではないか。例えば、戦時中、贅沢が禁止されたり、出征する男性の代わりに女性が働いたり、男性が名誉なこととして戦争に赴いたりしたことはみんなで助け合うという考え方であった。そうやってみんなで頑張ったけれど、多くの犠牲が出た。国とか家とかという単位で考えたとき、個が犠牲になりかねないのだ。

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