“映画とアニメの境界”をアカデミー賞などから考える 2024年春のアニメ評論家座談会

2024年春のアニメ評論家座談会

 映画とアニメーションの垣根が曖昧になりつつある昨今、その変化の最前線を映し出したのが2024年の数々の映画賞だった。

 日本が誇るアニメーション界の巨匠、宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が第96回アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞。同賞の日本からの受賞は、同じく宮﨑が監督を務めた『千と千尋の神隠し』以来、21年ぶりとなった。本作が世界最高峰の映画祭で評価されたことは、アニメーションの新たな地平を切り開く出来事と言えるだろう。一方、インターネットを中心に社会現象にまで発展した『すずめの戸締まり』が同部門にノミネートされるなど、大衆性とアーティスティックな表現が交錯する現在のアニメーション事情を象徴する出来事も相次いだ。

 こうした状況を受け、本座談会では映画ライターの杉本穂高氏、アニメ評論家の藤津亮太氏、そして批評家兼跡見学園女子大学文学部准教授の渡邉大輔氏を迎え、映画とアニメの「いま」を読み解いていく。

 2024年の映画・アニメーション業界はどこへ向かうのか。杉本氏の著書『映像表現革命時代の映画論』(星海社新書)で提起された、メディアの垣根を超えた分析視座を起点に、各賞レースを振り返りつつ、変革の時代を迎えた映像表現の未来図を探る。

宮﨑駿『君たちはどう生きるか』アカデミー賞長編アニメーション賞受賞の意味

『君たちはどう生きるか』©︎2023 Studio Ghibli

杉本穂高(以下、杉本):今年のアカデミー賞に関して、まあ、いつものことではあるんですけど、作品賞候補は全て実写作品だったのが残念です。宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞を受賞したことは嬉しいですが、いっそのこと作品賞にノミネートしてほしかった。僕の本でもこのアカデミー賞を少し取り上げて言及しましたが、アカデミー賞作品賞の最高賞はベストピクチャーと言うのですが、ピクチャーというのは写真と絵と両方の意味を含んでいる単語なんですよ。だから、実写だけではなくて、アニメーションにももっと門戸を開いてほしいなという思いがあります。この分厚い壁を破れるのは、今のところ、何を置いても宮﨑駿監督しかいないだろうと思うので。ただ、ノミネート作品を見ると、『哀れなるものたち』や『バービー』など、実写なんだけどアニメーションに親和性が高い人工性の強い感性の作品が有力候補としてノミネートされていて、アメリカの映像業界にもある種かなり変化が訪れているのかなという気はしました。2023年の作品賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でしたしね。そういう作品が選ばれてきていることに時代の変化を感じてはいます。

渡邉大輔(以下、渡邉):ちなみに、これまでのアカデミー賞の歴史の中で、アニメーション作品が作品賞にノミネートされたのは、『美女と野獣』『カールじいさんの空飛ぶ家』『トイ・ストーリー3』の3本だけですね。受賞はまだありません。

藤津亮太(以下、藤津):まだ難しいというか、越境できるのはピクサーとディズニーだけだったという話ですね。アメリカ国内の賞ですし、ある意味わかりやすい感じがします。僕自身は、アニメーションの賞はちゃんと独立してもらった方がいいんじゃないかと思っています。実写とアニメを全部混ぜて勝負するとなると、実写の方が数が圧倒的に多くて、その分尖った作品も多いんですよ。世界的に見ても、主題が尖っていて芸術性が高い長編のアニメ作品は、実写よりは数が少ないと思うんですよね。そもそも制作されている数が違うから。だから混ぜると数の影響でアニメが不利になって、総体として受賞しにくくなるのでないか、という気持ちがあって。理屈としては同じフィールドで競うのが正当とは思うんですけど、アニメという表現手段が「ここに確固としてあるんだよ」と世界にアピールするためには、アニメ独立の部門があってもいいのかなと思います。

『君たちはどう生きるか』
『君たちはどう生きるか』©︎2023 Studio Ghibli

杉本:部門自体は設けていいとは思うんですけど、やっぱりその部門があることで、“こっちで我慢してね”感が出ちゃう、ということはありますよね。

藤津:それはわかります。「同じ映画ではない」から別にカテゴライズしているように見えてしまう。

宮﨑駿、『君たちはどう生きるか』で2度目のオスカー 作家性と功績が評価される結果に

日本時間3月11日に授賞式が開催された第96回アカデミー賞の長編アニメーション部門を、宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が受賞…

杉本:結局一番注目されるのは作品賞なので、そこをどう考えたらいいのか。ただ、長編アニメ部門ができたのは2001年からですが、それ以前は『美女と野獣』の1本しかノミネートできなかったことを考えると、部門を独立して設けて評価することで、ある種の発展を促したことはあるんだろうとは思います。

渡邉:一方で、今回のアカデミー賞は日本勢の大きな話題があったこともあり、日本映画とアカデミー賞の関わりという点から、『君たちはどう生きるか』の受賞について考えてみると、今回の新作は82歳になる宮﨑監督が手掛けたわけですが、やはりかつての黒澤明監督とのアナロジーや類似性を感じずにはいられないんですね。世代はかなり前後するとはいえ、ここ30年ほど、日本を代表する世界的な映画監督といえば、黒澤明、宮﨑駿、北野武の3人が挙げられると思います。昔、この3人をまとめたインタビュー集(『黒澤明、宮﨑駿、北野武:日本の三人の演出家』ロッキング・オン)が出たこともありますし。黒澤監督が最後の作品となる『まあだだよ』を発表したのも83歳の時でしたし、北野監督も2023年に公開した最新作『首』では、合戦シーンなどで『影武者』や『乱』などの黒澤作品を明らかに参照していたりなど、どちらの新作も黒澤監督を想起させる要素がありました。しかも、宮﨑監督は今回、アカデミー賞で2度目の長編アニメーション映画賞を受賞し、『千と千尋の神隠し』での同賞受賞と2014年の名誉賞を合わせると、黒澤監督と並ぶ日本人の個人での最多アカデミー賞受賞記録となりました。『まあだだよ』が公開された1993年、おそらく宣伝のためでしょうが、当時黒澤監督は、北野監督、宮﨑監督それぞれと対談しているんですね。ただ、その様子を見ていると、黒澤監督が目にかけていて明らかに盛り上がっているのは北野監督の方で、宮﨑監督とはちょっとギクシャクした様子が伺える。ですが、例えばアカデミー賞の受賞歴を見ても、結果的に、世界的にも黒澤監督の後継者的存在として認知されているのは、宮﨑監督になったと言えるのではないかと思いました。というのは、ここにも「実写からアニメへ」というような変化が表れていると思うからです。ところで、NHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』での制作風景を見ると、作画監督の本田雄さんなどの若手スタッフの仕事に対して、宮﨑監督が納得していないようなシーンもありましたよね。その辺りの宮﨑監督の意図と、完成した作品、そしてアワードでの評価の関係性についてはどのようにお考えでしょうか?

宮﨑駿『君たちはどう生きるか』は高畑勲からの解放だった 『プロフェッショナル』を観て

それは、あまりにも突然のことだった。12月16日の放送前日になって、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合)の次回エピソ…

藤津:僕はNHKの『プロフェッショナル』については、作品の細部から、本人のライフストーリーに遡りすぎるのはよろしくないと思っています。その部分を除いても、取材できた材料でまとめる時に意図的に高畑監督との関係性がピックアップされた、という感じは拭えないかなと思っています。本田さんについては、宮﨑監督は基本的に、誰であっても満足はしないタイプだと思います。それは強欲なクリエイターが持つマインドで、そこを作品の評価と直接結びつけるとかえってややこしくなるかなという感触はありますね。

杉本:先ほど、作品賞にもノミネートしてほしかったと言っておいて矛盾するようですが、正直、ここまで多くの賞を獲るとは思っていませんでした。アニー賞では『スパイダーマン:スパイダーバース』に敗れましたが、ゴールデングローブ賞では受賞しています。『千と千尋の神隠し』以降、宮﨑作品への認知度が上がり、アカデミー会員の間でも“宮﨑リテラシー”が高まっていたことが大きいのかもしれませんね。

藤津:『千と千尋の神隠し』の時もラッキーな面があって、そのほかの対抗馬が弱い年だったんです。今回も、コロナ禍で配信サービスが伸長する中、2020年から北米でジブリ作品の配信が始まっているという大きな変化があり、さらに決定打に欠ける作品が続く中での出来事だったと言えます。ビジネス環境の変化と運の要素も大きかったのかもしれません。

杉本:そうですね。ただ、この1、2年でギレルモ・デル・トロの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』や今回の『君たちはどう生きるか』と、非3DCGアニメーションが連続受賞しているのを見ると、傾向が変わってきたのかなとも感じます。『スパイダーマン:スパイダーバース』の受賞で、アカデミー会員がアニメーションの多様性に気づいたのかもしれません。これからは、より幅広いタイプのアニメーション作品にチャンスが巡ってくるのではないでしょうか。

『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』Guillermo del Toro's Pinocchio - (L-R) Pinocchio (voiced by Gregory Mann) and Count Volpe (voiced by Christoph Waltz). Cr: Netflix © 2022

渡邉:2014年に宮﨑駿監督がアカデミー賞名誉賞を受賞した際のスピーチの冒頭で、「私の家内が、「お前は幸運な男だ」とよく言います」と語り出しましたが、僕もまさにその通りだと思います。だって、その名誉賞にしても、前年に長編監督からの引退を大々的に宣言して、もう新作が作られることはないと誰もが思ったからこその名誉賞授与だったはずなので。そして今回も、あまり強力な対抗馬がいない中での2度目のアカデミー賞受賞を果たしました。もちろん、作品のクオリティの高さや業績の素晴らしさは前提の上ですが、本当に偶然と運が重なったという感じがしますね。

藤津:賞というのは、そういう風向きの影響を受けやすい面がありますからね。優れているというだけなら、いろいろな作品が対象になりうるのだけれど、そこに「今贈賞すべき要素」が加わると、賞レースでは強くなる。アカデミー賞は投票式なので、その傾向は顕著かもしれません。

杉本:そういう意味では、日本アニメ全体の知名度上昇の恩恵を、宮﨑監督も確実に受けたのだろうと思います。『風立ちぬ』の頃と比べても、公開規模が明らかに変わりましたからね。

藤津:配給のGKIDSの努力も大きいでしょう。『未来のミライ』のノミネートを経て、日本で強い作品を北米でも戦わせようとする姿勢が感じられます。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる