アカデミー賞脚色賞受賞作『教皇選挙』をネタバレありで解説 “挑戦的行為”の意義を考える

『教皇選挙』をネタバレありで解説

 さまざまな反応を呼び起こした、第97回アカデミー賞の受賞結果。映画『教皇選挙』が脚色賞を受賞したことも大きな話題となり、その内容は現実の社会や人々の心にも揺さぶりを与えている。

 ジャーナリスト出身の作家ロバート・ハリスによる、キリスト教・カトリック教会内部の政治的な陰謀をサスペンスとして描いた原作小説は、2016年発表の時点で、すでに物議を醸していた。作中に用意されたセンセーショナルな要素を、教会や保守派への挑発と考え、一部で反発が生まれたのである。そして映画版である本作もまた、同じ道を辿ることとなった。

 いったい、何が作中で描かれるのか。ここでは、物語やシーンの意味をゆっくりと紐解きながら、本作『教皇選挙』がうったえかけるテーマと、その反応や細かな描写の意味を考えていきたい。

※本記事では、映画『教皇選挙』の物語や、クライマックスの衝撃的な展開を明かしています。未鑑賞の方はご注意ください。

 原作のタイトルであり、映画版である本作の原題にもなっている「コンクラーベ」とは、カトリック教会の総本山バチカンで、「教皇(ローマ法王)」を選ぶ、歴史ある秘密選挙のことだ。教皇は、世界のさまざまな国に信仰を伝えている巨大組織の支柱であり、多くの信徒たちの精神的な拠りどころとなる存在だけに、その影響力は絶大。だからこそ、新たな教皇が誕生する「コンクラーベ」には、カトリック信心者のみならず、世界の多くの人々が注目することとなる。

 教皇に次ぐ階位の聖職者たち「枢機卿」らは、次なる教皇の候補となる資格と、新たな教皇選定の投票権を持つ。教皇が亡くなるか役割を退き、「使徒座空位」の状況になると、彼らはシスティーナ礼拝堂の中に、ごく限られた教会関係者らとともに隔離される。そこで外界と連絡を経った状態で議論と投票をおこない、一人の候補者が3分の2の票を得て新教皇が誕生するまで、中に籠り続けるのである。

 本作は、教皇が心臓発作で急逝し、ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)たちが、その遺体に別れを告げるところから幕を開ける。そして慣例通り、「コンクラーベ」で新たな教皇を選ぶため、世界中から集まった枢機卿が一堂に会することとなるのだ。

 バチカンで撮影許可を取るのは困難であることから、投票会場となるシスティーナ礼拝堂や、枢機卿団の宿舎サンタ・マルタ邸内部の撮影には、歴史ある巨大なスタジオ「チネチッタ・スタジオ」が使用された。そこには、他の作品で使用された礼拝堂のレプリカが残っていて、美術監督のスージー・デイヴィスは、それを10週間かけて修復することで、緊張感のある光景を生み出すことができたのだという。そこで彼女は現実の室内を再現するのでなく、あくまでサスペンス映画として劇的な効果を生み出すべく、創造力を駆使した内装を生み出したと明かしている。(※)

 さらに礼拝堂の中庭や、巨大な白い柱の連続などの印象的な野外シーンもまた、似たものを再現するのでなく、ローマ市街の建造物で利用できそうなものを探したのだという。本作では本物の姿に寄せるよりも、観客に鮮烈な印象を与えるための選択をしているのである。娯楽性の強い内容であるため、リアリティにこだわらないアプローチは納得できるところだ。このドラマティックな舞台が、本作の重厚さをかたちづくっている。

 本作の物語では、教会内の権力闘争や陰謀、枢機卿たちの過去の秘密、そして信仰と人間ドラマが描かれていく。教皇候補のなかでも要注意人物なのが、テデスコ枢機卿(セルジオ・カステリット)だ。イタリア人である彼は、従来のようにイタリア人が教皇になることが当たり前だった、昔ながらの価値観を持つ教会に戻るべきだと主張する保守派であり、同時に人種差別主義者でもある。リベラルで革新派のローレンスは、温厚な性格ではあるものの、ナイジェリア出身であるアデイエミ枢機卿(ルシアン・ムサマティ)の肌の色を問題にしようとするテデスコの態度には、さすがに怒りを隠しきれない。

 このあたりの教会内の政治性の描写というのは、実際のカトリック教会における政治的なパワーバランスをモデルにしているはずだ。保守派、中道、リベラル派など、近年はさまざまな政治思想を持つ人物が、それぞれの派閥の綱引きによって教皇に選出されてきたと考えられる。現教皇フランシスコ(ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)は、史上初のイエズス会、アメリカ大陸出身の教皇であり、そのリベラルな政治観や改革姿勢が、保守派の信者や教会内部から反発を受けてきた。本作でローレンスたちが前教皇を尊敬している設定からは、彼が教皇フランシスコに近い存在であったことを示していると想像できる。

 このように前教皇にシンパシーをおぼえているローレンスが、新教皇に相応しいと考えるのが、友人のベリーニ枢機卿(スタンリー・トゥッチ)だ。ベリーニもまた、ローレンス前教皇と政治的な方向性が近く、多様性を尊重し、教会での女性の活躍機会を拡大しようとしている。とはいえ、枢機卿団全体のなかでの支持率は、それほど高くないようだ。ベリーニや支持者たちは、票をトランブレ枢機卿(ジョン・リスゴー)にまわすべきだという方向に傾き始める。

 しかし政治傾向からは、トランブレも決して、ローレンスたちリベラル改革派にとって理想的といえる候補ではない。さらに彼は、前教皇との深刻なトラブルを抱えている疑惑がある。だから、ここでのトランブレ支持とは、あくまでテデスコの勝利という“最悪”を回避するための消極的選択だということになる。こういった構図はまさに、世俗の政治的指導者を決める選挙に共通するリアリズムそのものといえる。

 そんなやり方に異を唱えるのが、ベニテス枢機卿(カルロス・ディエス)……前教皇のはからいで秘密裡に枢機卿に任命され、急遽参集することとなった人物だ。ベニテスはローレンスに票を投じ、その選択を変えるつもりがないのだと本人に伝える。教皇になるつもりがなく、テデスコの対抗馬に投票してもらいたいローレンスにとっては、ありがた迷惑でしかない。

 とはいえ、そんな非合理的に感じられるベニテスの選択に首を傾げるローレンスもまた、持ち前の正義感から、テデスコの対立候補をことごとく退けるはたらきをしてしまう。この種のジレンマもまた、さまざまな選挙に共通する有権者の悩みである。矛盾のなかで、純粋さと打算との間で揺れ動く心理を、レイフ・ファインズは抑えた演技で見事に表現しているといえよう。

 そんなローレンスも、次々に変化し続ける情勢のなかで、ついに自身が教皇となる決意を固めることとなる。だが、自分の名を書いた票を投じた瞬間、まさに青天の霹靂といえるような事態が発生し、会場は混乱に包まれて、その回の枢機卿団の投票は仕切り直しとなるのだ。

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