長田育恵が『らんまん』に込めた“開花”と“継承” 脚本執筆は「幸福な時間でした」
世界でも異例な約半年にわたり毎日(平日5日間)の放送があるNHK連続テレビ小説こと朝ドラ。多くの視聴者から愛されている現在放送中の『らんまん』も、最終回まで残り1カ月を切った。主人公の万太郎(神木隆之介)をはじめ、「応援したい!」と思ってしまう人物に溢れている本作。初の朝ドラ脚本の執筆となった長田育恵に、自身の想像を超えていった登場人物や、全話を書き終えての心境をじっくりと聞いた。(編集部)
朝ドラは「自分にはとても向いている仕事」
――牧野富太郎さんをモデルとした万太郎(神木隆之介)をどのような人物像として描いてきましたか?
長田育恵(以下、長田):「草花を一生涯愛した」というシンプルなテーマを持った槙野万太郎を、広場に見立てて、その人物の元に集まる人々や関係性、ネットワーク、皆の人生が咲き誇るさまを描き出そうとしていました。万太郎(神木隆之介)は牧野富太郎さんがモデルではあるのですが、全く違う人物像として作っています。万太郎は、富太郎さんに比べると愛情が深い故に“弱い”キャラクターになっていて、草花以外にも寿恵子(浜辺美波)さんや子供たちだったりと大事なものがたくさんあるので、その大事なものが増えれば増えるほど、彼は自身の活動に対して矛盾が生じてくるんです。普通に働きお金を稼ぐことで家族を養えればとも思うのですが、人の一生には限りがある中で、この国の全ての植物を明らかにした図鑑を完成させるという夢を、寿恵ちゃんとの結婚の盟約にふたりで掲げている。万太郎が前に進み続ける力は、寿恵ちゃんとの約束のほかにも、タキ(松坂慶子)や自分を犠牲にしてまでも送り出してくれた早川逸馬(宮野真守)といった、いろんな人の思いや夢の結晶でもある。矛盾を抱えつつもまっすぐ光が射している方に向かう人物像になっています。
――ネットワークといった部分は現代的な要素とも言えますよね。
長田:モデルとした牧野富太郎さんの根幹の部分です。植物学の分野では富太郎さんが初めてネットワークの力を意識した人だったと思うんです。本能的に繋がり合う力を分かっていて、新聞広告などのメディアも使って門戸を開きました。相手の身分や年齢、性別を問わず、手紙を送ってくれた一人ひとりと双方に対等の関係を結び、丁寧に植物学の種を植えていった。日本全国規模のネットワークを手に入れて、植物学の力と成していく。素晴らしいアイディアだと思います。富太郎さんという存在がいたからこそ、今私たちが普通に身近な植物を愛する、その考え方自体が浸透したんです。
――朝ドラの脚本を担当する上で、重圧はありましたか?
長田:正直に言うと、重圧はかなりありました。決して深刻な話ではないのですが、私は電車のような自分の意思では出ていけない場所になるとパニック症の症状が出てしまうんです。今回の朝ドラの依頼をいただいて家に帰ってきた時に、朝ドラという大きな仕事に対して、巨大な密室空間に閉ざされて、始まったら執筆が終わるまで降りることができないんだと感じられて、普通に過ごしているだけなのにパニック症になったのが初期症状としてありました。でも、結論から言うと、自分にはとても向いている仕事だと感じられたんです。年間を通じて常に締切があったり、放送が始まるのと同時に視聴者の反応が追いかけてきたり、そういったプレッシャーは消えることなくあるんですけど、私は物語を考えることと登場人物を生み出してその行方を考えることが大好きなので、長い期間掛けて丁寧に登場人物たちを追っていける朝ドラの執筆は、私にとって幸福な時間でした。
――視聴者の声はどのように受け止めていましたか?
長田:好反応が嬉しいですし、なおかつ頑張らねばというのは大きかったです。執筆から離れた今の自分でSNSの声などを見ると嬉しいなとは思いますが、またそれが執筆に向かう時に重荷にならないかと言われれば重荷になったりもするので、そこの捉え方は難しいのですが。パニック症もあるし、ネットに対しての恐怖心は巨大でした。今はいろんなネットの声がある中で、私が込めた思いをちゃんと汲み取ってくださっていたり、美術チームと連携しながら作った小道具を拾ってくださっていたり、ものすごい熱量を持って観てくださっている、きめ細やかな受け取り方をしてくださっているなと感動しています。それから登場人物たちを愛していただいていることにも。「また明日この物語の続きが観られるから、今日も頑張れる」というような声を聞いたときには本当に感動しました。それは元々私が物語が好きになったのも「明日また続きが読めるのが嬉しい」という思いが原点にあったからで、そういった物語を紡ぐ側になれたんだという感謝の気持ちがありました。
――長田さんが特に愛着が湧いている人物やシーンはありますか?
長田:全部好きなんですよね。どの人物にも、どのシーンにも愛着があります。ただ、私1人で作っているのではなく、書いたものが制作チームと撮影現場にわたっていくので、その過程で愛情をいただいたり、俳優自身からもらうものも大きかったです。神木さんが「ズギャン!」を言葉にされていたのは衝撃的でびっくりしました(笑)。チャーミングだったし、それを受けて竹雄(志尊淳)も「ズギャン!」と言ってましたよね(笑)。アドリブシリーズで言うと、感動したのが寿恵ちゃんがダンスレッスンを始めた時に、クララ先生(アナンダ・ジェイコブズ)からプランクをさせられるところで、アドリブで「寿恵子、トライ!」って言ったんです(笑)。寿恵子の大冒険は最終話まで「寿恵子、トライ!」の連続なので、期せずして、寿恵ちゃんが自分で社会に踏み出して、最初に踏ん張った時の浜辺さんのアドリブが、寿恵子の生涯のテーマを自ら言っていたというところで感動しました。物語においては、名前を呼び合うことも大事にしています。万太郎と竹雄が主従の関係を解消するというので2人で名前を呼び合うところだとか、田邊(要潤)の遺言にあった「Mr.Makino」の響きだったり、俳優のみなさんはその辺を一緒に大事にしてくれていてありがたいなと思っています。
――長田さんの想像を超えていったキャラクターはいますか?
長田:唯一視聴者の反応を受けて伸びたキャラクターが早川逸馬です。逸馬はいずれ何らかで万太郎と関わるかなぐらいには思っていたんですけど、逸馬が生きてるか死んでるか知りたいという声が多かったので、ちゃんと生存は確認していただこうという気持ちが働きました。またどのキャラクターも出来上がってきた映像を見て、どんな風に肉付けされているかを私は初めて把握するので、そこから具体的な肉付けが日々増えていっているという感じがします。例えば、藤丸(前原瑞樹)の初登場シーンは、ウサギ小屋でウサギを可愛がっているというようにト書きとして書いたんですけど、私が想定していたウサギとの距離感よりも近かったんですよ。ウサギも想定していたより大きくて(笑)。観察というよりももうちょっと距離感の近い愛し方で、藤丸くんの体温や、優しさだったり傷つきやすさっていうのが具体的に見えてきました。義理の姉が妊娠していた時に食べていたという話から、つわりの寿恵子さんにじゃがいもを揚げるシーンは、最初から決まっていたわけではなく、そうやって藤丸くんと物語を歩くに従って、彼ならばそういう風な行動をするだろうというところから書きました。それが全キャラクターにおいて発生していると思っていただけたら。