ドラマ脚本家にとっての“作家性”と“商業性”とは 『脚本家・野木亜紀子の時代』著者座談会

評論家が現代のドラマ脚本家を語り尽くす

本当に書きたい物語は、まだ世に出ていない?

成馬:野木さんは、漫画家で言うと浦沢直樹に近い人だと思うんですよ。予言的な作品を書くけど、ギリギリのところで尖ってないから、視聴者は何とかついて行ける。尖った脚本家はドラマにも何人もいるのですが、そういう方たちの多くは民放のプライムタイムから離れて、NHKか、Netflixのような配信メディア、もしくは深夜ドラマ枠で自由に書くようになっている。対して野木さんは、必ずしもドラマファンというわけではない不特定多数の視聴者に向けて書き続けていて、結果的にそれがテレビドラマの屋台骨を支えているかのように見える。

小田:その駆け引きや、条件と制限がいっぱいある中で、それを楽しめてその中でも「いいもの作ってやる!」というところに達成感をもつ人じゃないと、今の連ドラはやれないんですよね。福田靖さんが『書けないッ!?〜脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活〜』(テレビ朝日系)で暴露したような「こんな理不尽な」という地上波の状況でやっているのが面白いですよね。その意味では、野木さんが誰よりも戦っていると思います。

成馬:民放ドラマから出てきた最後の実力派脚本家になりかねないですよね。デビューしてすぐの新鋭脚本家が面白いドラマを書いて大ヒットするという状況が、1990〜2000年代までは民放のテレビドラマでもあったのですが、2010年代に入ると、作家性の強い脚本家は民放からどんどん撤退していった。そんな中で野木さんだけが民放のプライムタイムで不特定多数の視聴者と向き合い、作家性と商業性の間で葛藤しながら結果を出している。だから、作品だけでなく、民放のテレビドラマの世界を主戦場に書き続けている野木さんの戦いの行方からも目が離せない。

小田:マインドは『ONE PIECE』のルフィみたいな人なので。「俺は海賊王になる!」みたいな感じで、「私はシナリオ王になる!」みたいな。どんなジャンルでもすごいものを書いてみせるとう気迫があるんですよね。結局、新作が予想できなくて楽しみなのは野木さんかなっていう気はしますね。宮藤さんにしろ坂元さんにしろ、大体どういうものは見えるので。

成馬:確かに野木さんだけですよね、次回作がここまで気になる人は。常に今の時代と共振しているというか、時代や社会に対してドラマという武器を使って戦いを挑んでいる感じすらある。

小田:野木さんの2022年の新作としてはアニメ映画の『犬王』が公開されますが、これも意外なチョイスでした。作家の挑戦を見せてくれるという意味で、野木さんが1番面白いかなと思います。でも『アンナチュラル』や『MIU404』で描いたような救いのない展開は、おそらく視聴者を置いてくものができちゃうんですよ。そこでバランスを取ってくれる新井Pのような存在は重要ですよね。だから、いま時代にフィットしてるんだなと。野木さんが書いたままを普通に見たら絶望しちゃいますし。そういう意味で、ちょっと見やすくなっているんだろうなと思いますね。

犬王ティザービジュアル
『犬王』湯浅政明監督×脚本・野木亜紀子(c)2021 “INU-OH” Film Partners

田幸:『犬王』を拝見したんですが、原作から想像のできない仕上がりになっていて、なんというか、すごく難解かつエモいです。ストーリーそのものはシンプルなはずなのに、松本大洋さんの独特のタッチと、湯浅政明監督のキレキレのセンスが融合して、観たことのない音楽劇になっていました。それでいて、主人公2人の存在は、声にならない声、亡霊の声、いわば弱者たちの声を拾い上げるという、野木さんワールドそのもので、そうした意味で一貫性もあるんです。こうしたタイミングで野木さんがこの作品と出会った意義は大きいんじゃないかと思います。

成馬:組む人によって作品の印象がだいぶ変わりますよね。『コタキ兄弟と四苦八苦』では山下敦弘監督のユーモアが作品を救っていた。

小田:そうですね。生き残っている脚本家さんってみんなそうですけど、プロデューサーとかの意見をちゃんと聞いている。それに合わせようとする力が野木さんは確かにすごいなと思いますね。ただ、なんでもできちゃうから。野木さんの芯ってどこにあるんだろうっていう。

成馬:個人的には『けもなれ』だと思うんですけどね。野木さんは1974年生まれで、僕は1976年生まれなんですが、この世代は非正規雇用も多くて、バブル崩壊以降に社会に出た就職氷河期世代の走りなんですよね。デビュー作の『さよならロビンソンクルーソー』(フジテレビ系)が2010年末に放送されたのですが、リーマンショック以降の空気を背景にした景気が悪い話なんですよ。この作品で野木さんの名前を初めて知ったのですが、自分と同世代の人が書いてるんだろうなと感じましたね。作者が見てきた風景でなんとなくわかるというか。

小田:そういう厳しい状況で生きた人たちだから、感情に対して理性を働かせていないと生き残っていけない。

成馬:だから『けもなれ』を見ていると、凄く気持ちがわかるんですよね。主人公の深海晶の年齢は30代ですが、古い世代と新しい世代の間で引き裂かれている感じは、むしろ40代のロスジェネ世代の気分だと思いました。

小田:確かに、水橋さんは1960年生まれのいわばバブル世代ぐらいで、渡辺あやさんがロスジェネというよりは、社会的な問題意識から弱者に寄り添っているのに対して、野木さんは、世代的なものがまずベースにあるというのはあるかもしれないですね。

田幸:野木さんにインタビューした際、『けもなれ』の晶についてモヤモヤを感じた視聴者が多数いたことが話題になりました。私自身、晶は聡明なのに「なんで言いたいことが言えないんだろう」と思う部分がありましたが、それは“強者”の意見だ、と。野木さんご自身も「言えるほう」で、そういう人たちが晶のような人を踏みにじっている可能性があると言われたとき、かなりドキッとしたんですよ。

成馬:デビュー以降は、原作モノが続いたので、『重版出来!』と『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)の時は脚色のうまい脚本家としてまずは評価されましたよね。オリジナル作品も1話完結で見やすいことを優先しているので、プロデューサー的な視点で状況に対応する作品を提示しているようにも見える。だから、本当に書きたい物語は、まだ世に出してないのかもしれない。

小田:『逃げ恥』の話で言うと、注文に応えることをわりと優先するけれど、『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類! 新春スペシャル!!』(TBS系)で、原作にはないコロナを入れずにはいられなかったんですよね。この設定で、このキャラクターだったらこうなるだろうというのが見事にできているんですけど、一部の視聴者の反応を見ていると、コロナ休暇もリモートワークもできて、男が育休ももらえるのが共感できないとも。原作漫画のストーリーラインの延長上、『逃げ恥』の世界観に自分の問題意識を反映させるのはうまくいったけれど、コロナ禍の最中に放送したために、実際に仕事を失った人とかからすると絵空事に見えてしまったのかもしれない。

成馬:2016年に『逃げ恥』が放送された頃はまだファンタジーとして見てもらえたのですが、社会学者の永田夏来さんが指摘するように「金持ってる+正規雇用+仲間に恵まれている+家族が頼りになる+パートナーと話が通じるという超特大ファンタジー」を持ってないと、劇中で描かれる困難に立ち向かうことが不可能なのだと逆にわかってしまった。※2 そんな恵まれた環境に今の視聴者がいるわけはないだろうという批判はあって当然だと思うのですが、難しい時代になったなぁと思います。トレンディドラマの頃の視聴者は、主人公がオシャレでリッチな生活を送っていても「ドラマってそういうものでしょ」とファッション雑誌を眺めるような感覚で楽しんでいた。そんな、ドラマだから許された嘘の幅が今はどんどん狭くなっている。良くも悪くも「現実に肉薄した表現」がドラマに求められるようになってきている。野木さんは、そういう時代の変化に適応することでヒットした作家ですが、今の時代状況も2〜3年経つと変わってしまうので、常に価値観をアップデートし続けなければならない。この厳しい「現実との追いかけっこ」は、現代の作家が直面している一番の困難ですよね。

※参考
1.最終回直前!野木亜紀子が「MIU404」で描きたかったもの、そしてラストは?|WEBザテレビジョン
https://thetv.jp/news/detail/242432/p3/
2.「高収入、正社員、家庭円満…」育児ドラマに超特大ファンタジーが必要な日本のつらみ 社会学者が「逃げ恥SP」で考えたこと | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
https://president.jp/articles/-/42727?page=1

■書籍情報
『脚本家・野木亜紀子の時代』
著者:小田慶子、佐藤結衣、田幸和歌子、成馬零一、西森路代、藤原奈緒、横川良明
ISBN 978-4-909852-17-5
仕様:四六判/256ページ
定価:2,750円(本体2,500円+税)
出版社:株式会社blueprint
購入は以下より
amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4909852174/
book store:https://blueprintbookstore.com/items/60d5a3ca91260a201c0ca23c

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる