いま映画館に求められるものとは何なのか? Strangerと早稲田松竹の編成担当が語り合う

2022年、墨田区にオープンした映画館「Stranger」。映画館、特にアート系の作品を上映するミニシアターがこれまでなかったエリアの中で、意欲的な作品を上映し続け、独自の魅力を放ち続けている。そんな「Stranger」に立ち上げ時から携わり、特集上映を中心とした編成を行う鈴木里実氏と、名画座「早稲田松竹」の番組編成を担う上田真之氏が対談。作品選定や上映を通して、映画館で映画を観ることの意義、文化としての映画館の重要性を語り合ってもらった。
東京の“東”にあるStrangerだからこその面白さ
——Strangerで鈴木さんが働き始めるまで紆余曲折あったと思います。これまでの経緯を聞かせてください。
鈴木里実(以下、鈴木):大学を卒業してからは広告代理店の営業をやっていたんですが、1年くらいで本当にその仕事が嫌で仕方なくなってしまい、「このままだともうダメだ」と思って。その時期に「そういえば私、もっと映画観たいな」と思うようになったんです。大学のときは映画を作るばかりで、あまりしっかり作品を観ていなかったなとふと思いました。映画をたくさん観ることができる仕事をしたいと思うようになって、ちょうどその時期テレビ局のデスク業務のような職種が募集されていて、大学で学んできたこととも遠すぎないし、いい機会だと思ってテレビ局で働くようになりました。それから名画座や映画館に頻繁に通うようになりました。
——上田さんとはもともとお知り合いだったんですか?
鈴木:大学が同じなんです。とは言え在学時は会話をするほどの関係ではなく、認識しているくらいで。ただ、背も高くて目立っていましたし、1学年上の先輩ということもあり見つけやすかったです(笑)。
上田真之(以下、上田):大学を卒業した後、最初にサトミン(鈴木里実)に会ったのはテレビ局で働かれていたくらいの時期だと思います。当時私はもう早稲田松竹で働いていたんですが、共通の先輩が飲みに誘ってくれたことがきっかけで再会しました。
——鈴木さんがStrangerで働くことを選択する上で、上田さんが一つのモデルケースになっていたと言えるわけですね。
鈴木:そうですね。早稲田松竹で編成をされていたことは知っていましたし、上田さんが作ってくれた出会いがここに辿り着くことになるきっかけの一つにもなっています。
——上田さんとの再会後、どういう流れでStrangerに参加することになったのでしょうか?
鈴木:IndieTokyoという映画の同人団体に所属していたのですが、そこで主宰の大寺眞輔さんからStrangerを今まさに立ち上げようとしている岡村忠征さんを紹介していただきました。人手が欲しいという岡村さんにお誘いいただいて、私も関わることになりました。実際に映画を仕事にするのはこれが初めてのことでした。
——結構リスクがあることではありますよね。
鈴木:本当に怖かったんですよ。岡村さんもどんな人かまだ知らないし、まだ生まれてもいないStranger がこの先どうなるかもわからないし、正直不安でした。でも「とりあえずやってみるか」と思って飛び込んでみました。本当だったら、すでにある程度権威のあるところに入ったほうが楽だったと思うんですが、それってつまらないかもと思い、「せっかくいま目の前に面白そうなチャンスがあるからやってみよう」という思いで参加しました。立ち上げ時の企画がジャン=リュック・ゴダール特集だったのは大きかったかもしれません。「ゴダールで始まるんだ!」ということにも鼓舞されて「もうこれはやるしかないな」とエンジンがかかりました。
——上田さんは、映画館でずっと働いてきた身として、Strangerの動向をどう見られていましたか?
上田:早稲田松竹は開館から70年を超えているような映画館なので、運営の仕方が全く違うだろうなと思います。私が番組編成するようになったときには、もう何十年もここを楽しみにしてきてくれてる方がいる状態でしたし、東京圏の映画好きの人たちが来る場所として定着していました。そこで自分が映画を選ぶのは、基本的に荷が重いと思っていたんです。ただ、Strangerはやはり立ち上げがゴダールで始まるということで、出会いたい観客層が完全に映画好きの人たちから始まっていて、こういう立ち上がり方をしている劇場はあまりないから面白いなと思いました。もっとも都内でニッチな映画を観たがるお客さんの量は体感としてある程度知っていたので、「それだけでずっとやっていくのはやっぱり厳しいだろうな」とは思っていたんですが、だんだん作品の選定についてもバリエーションが増えてきて、コアな映画とポピュラーな映画を観たい人とが混ざり合っているような、そういう出会いがあっていいなと思っています。
——ゴダール特集で始まって実際に来たお客さんは、いわゆるシネフィルの方々が多かったのでしょうか?
鈴木:多かったですね。あとはやっぱり初めてできる施設ということで、とりあえず行ってみようと来てくださる方も多かったかなと思います。しかも東東京でここまでこだわるというのも多分珍しくて、おそらくシネフィル的感覚は西東京地域ほど根付いていないと思うんですね。
上田:その土地感覚が伝わるかどうかわかりませんが(笑)、たしかにそういう肌感覚はあるにはあるんですよ。
鈴木:ご近所の方々に「こんなのわかんないよ」と言われたこともあったり、そもそも場所が少しわかりにくいというか、駅からはすごく近いんですが、少し奥まったところにあるんです。それに「映画館です」とわかりやすくみせているわけでもなくて、そこに映画館があるということを地元の方でも意外と知らないことのほうが多かったので、まずは「ここにある」ということを知っていただくところが大きかったかなとは思います。
——勝手なイメージですが、東東京エリアだと古い日本映画のほうがお客さんが入りやすいのかなと感じました。
鈴木:旧作だと、たとえば既に神保町シアターやラピュタ阿佐ヶ谷ではある程度客層が定まっていますよね。ただ最初から上映作品のジャンルが縛られたなかで運営していくのはなかなか厳しいなと気づいて、最近の特集では洋画のほうがメインになっています。
——ラピュタ阿佐ヶ谷に行けば必ず旧作邦画が観られるような定番があるように、Strangerに行けば良質な旧作洋画が観れるというようなイメージを定着させられる可能性はあると思います。
鈴木:そうなると嬉しいです。チラシを配りに隣の駅まで行ったりするんですが、2年前までは「え、カフェできたの?」くらいのリアクションだったので。ただ毎年末に上映している『ゲット・クレイジー』という映画があるんですが、これが3年も続けて上映できたことは印象に残っています。
上田: “Strangerの映画”って感じだね。
鈴木:そうなってきたなという感じは少しずつ増えてきました。本当にコアな特集をやるときは、映画好きの方々は都内のどこからでも駆けつけてくださる実感がありますが、ただやはりそれだけだと持続性がないので、今はもっと間口を広くして、1日の中でいろいろなジャンルが上映されるようにしています。ご近所の方もいらっしゃるし、初めましての方もいらっしゃるし、この1年で客層はだいぶ広がりました。
——若者にとっては、Strangerや早稲田松竹に行けば必ず何かを得られるような場所になっているような気がします。
鈴木:そうですね。でももう何も得ようと思わずとも、フラッと来ていただけたら嬉しいです。
上田:Strangerは、カフェとして使っている人たちも多いですよね。
鈴木:結構増えましたね。そういう場所として定着してきました。
上田:そういったよりどころが街の中にあるのはいいなと思います。すぐ横にも居酒屋がたくさんあるし。それは西側の映画館とは違う雰囲気と味だと思います。
新作と旧作、どちらを上映するのが難しい?
——鈴木さんは一言で言うとどういう役割を担当されているのでしょうか?
鈴木:Strangerでの役割は、特集の編成担当や日々上映する作品のサポート的な役割、あとは経理もやっているので基本業務全般を請け負っています。立ち上げ時は代表の岡村さんが作品を選んでいましたが、途中から私も関わらせていただくようになりました。映画を自分で選んでそれを上映するという、ミニシアターなどに通うような映画ファンなら誰もが一度は夢見ることが実現しました。
——上田さんは「自分には荷が重い」と感じていたとおっしゃっていましたが、そのあたりはいかがですか?
上田:もちろんプレッシャーはあるんですが、やはり実際にお客さんの反応を見てじわじわと広がっているのを直接感じて、それを一回味わうとやめられないなと思いました。「この映画みんな観てくれたんだ」という喜びが病みつきになります。本当にそれは楽しくて、ずっとこういうことに関わっていたいなと思います。映画の仕事は他にもたくさんやるし、どれも楽しいところはあるんですけど、この楽しさはなかなか他に変えられないものですね。
鈴木:すごく分かります。自分が観てもらいたいと思って上映する作品なので、「本当にこれが受け入れてもらえるのかな」とか思ってハラハラするし、感想も人によって違うと思うんですが、何かしら残って持ち帰ってもらえたなという実感が得られると嬉しいですね。
——Strangerは新作上映もありつつ、いわゆる二番館としての上映、名画座的な部分まで、非常に多岐にわたる役割を担っています。新しくできた映画館が一番大変なことをやっているように思います。
鈴木:生き残るためにその方法を取っている感じです。
——上田さんの立場から見ていかがですか?
上田:一番大変なのは新作上映だと思います。配給の人たちと足並みを揃えてやらなきゃいけないことが多いので。特集では完全に自分たちの裁量で宣伝できますが、新作を上映するときにはある程度お互い責任があるというか、作品に対して配給と責任を分け合うような状態だと思うので、すごいデリケートな部分がたくさんあって大変だろうなと思います。二番館的なところでも、例えば下高井戸シネマさんなどとは立ち位置が少しだけ違っていて、Strangerさんは本当に新作の公開とほとんど同時期に上映しています。2週間から3週間遅れて、まだメイン館が公開中くらいのスピードで上映しますよね。
鈴木:そうですね。メイン館が終わった直後ですね。
上田:早いタイミングでやればやるほど連絡の制限とか、イベントの話とかも多いと思うし、実務としてやらなきゃいけないことの量が増えてくると思います。
鈴木:その分宣伝期間も取れなくなってしまったので、急いでやることが増えたなと。でも年末の時期に『侍タイムスリッパー』を上映していたのはStrangerだけだったので、それはありがたいと思いました。
——早稲田松竹なら、たとえば「池袋のミニシアターがこの作品を扱っているからうちは別にしよう」といったスケジュール感で動けると思うんですが、Strangerの場合、二番館的なスピードを重視するとそういう差別化は難しいのでしょうか?
鈴木:周りの上映作品の状況はすごくみています。ムーブオーバー作品にしても、周りの映画館の状況を見て公開時期を変えたり、特集にしても他館と監督や作品が被らないようにしたりとか。コアな映画好きの方は、自分がそうであったように場所を問わずどこでもいらしてくださるので、なるべくエリアに関係なく被らないようにしようと。あとはこちらの特集が決まっているときには、「今度◯◯特集やります」と事前に言ってアピールしています(笑)。