ドラマ脚本家にとっての“作家性”と“商業性”とは 『脚本家・野木亜紀子の時代』著者座談会

評論家が現代のドラマ脚本家を語り尽くす

“正しさ”を真正面から語る安達奈緒子

ーー小田さんが挙げていた水橋文美江さんは『スカーレット』、成馬さんが挙げていた安達奈緒子さんは『おかえりモネ』と、どちらも近年、朝ドラを手掛けられていますよね。

田幸:安達さんの『おかえりモネ』は話がなかなか進まず、説明があまりなされないことから、序盤で脱落した方も結構いましたが、それは「朝の忙しい時間帯に耳で聞いてわかる」「時計代わり」という従来の視聴方法ではなく、視聴者側にゆだねる部分、視聴者を信頼する部分があったからだと思うんです。朝ドラは長い歴史の中で視聴方法も変化し、多様化していますので、「朝ドラっぽい」とずっと言われているものの幅を広げることは、どの作り手さんもやってきていて。『おかえりモネ』はそれを大きくはみ出して朝ドラのあり方、観られ方の枠を大きく広げた作品だなと。

成馬:今のドラマって、どの層に向けて作るかの判断が難しいですよね。例えば、橋田壽賀子さんは、家事が忙しくて画面を集中して見る時間がない主婦が台詞を耳で聞いただけで内容が全部わかるように脚本を書いてきた。その圧倒的なわかりやすさがドラマの大衆性を作ってきたのだと思います。対して『おかえりモネ』は台詞だけでなく映像や芝居で語ろうとする気概がすごく感じられる朝ドラだった。こういう映像で語る難易度の高い朝ドラが許されるのは、今の時代ならではですよね。

田幸:『おかえりモネ』では、この台詞がここにつながってくるんだという伏線の回収が、かなり先のところにあって。ずいぶん遠くに石を投げているだけに、それを拾うまでに時間がかかりすぎて、伝わらない人もいる一方、伝わった人にはすごく響いたんですよね。余白だらけで震災を直接描かなかったのも作り手が当事者ではないからこそ、視聴者と同じ目線で距離をとった物語に仕上がっていて。そこにいなかったという設定によって、外から見る、誰にもある“無力感”とつながるという構成は非常に巧みだったと思います。

成馬:安達さんって「人間にとって『正しさ』とはどういうことか?」や「教師は生徒に対してどうあるべきか?」といったテーマを愚直に書いてきた脚本家なんですよね。2011年に放送された『大切なことはすべて君が教えてくれた』(フジテレビ系)を観た時に、作中で設定したテーマに対して真正面から回答を示そうとする生真面目さが、昔の作家みたいですごく新鮮だったんですよね。放送当時はまだ、古沢良太さんや宮藤さんのような書き方が主流だったので、安達さんの生真面目さに違和感があって、逆に気になっていたのですが、現在はその生真面目さこそが視聴者から求めるようになってきている。安達さんと野木さんは、2010年代に出てきたドラマ脚本家の中で一番の収穫で、これからの日本のドラマを引っ張っていく人だと思うのですが、“正しさ”を真正面から語ったからこそ2人の作品は視聴者に届いたのだと思います。

小田:『おかえりモネ』では朝ドラのフォーマットに慣れていない感じもしたけれど、安達さんは本来、作劇の技術がすごくしっかりしていると思います。サスペンスの『サギデカ』(NHK総合)は野木さんの『MIU404』と比べても劣らないほど良くできていました。おふたりは良きライバルといった立ち位置。今、骨太の上質なサスペンスを書いているのが女性脚本家というのは、うれしいところです。

成馬:『サギデカ』もそうでしたが、安達さんの書く「正しさ」って自分の信念に基づいて書いている部分があるから、時々、一般視聴者の考える「正しさ」の枠を超えちゃうんですよね。だから、合わない人には全く合わないし反発も招く。でもそこに強い作家性を感じるんですよね。『おかえりモネ』は安達さんの脚本ありきで作られている部分が大きくて、かなり複雑で表現が難しい感情の機微が描かれていたので、演出と役者がすごく頑張ってたなぁと思います。

コロナ禍をいち早く描いた水橋文美江

ーー水橋文美江さんの『スカーレット』はどうでしたか?

田幸:水橋さんの『スカーレット』は朝ドラを文芸作品として成立させるというまた新しい味を見せてくれました。恋愛の描き方も朝ドラとしては若干ドキドキしてしまうほどの生々しい表現でしたし、同業夫婦の嫉妬などは、自分自身も同業夫婦なので、どこか日常をのぞき見されているような居心地の悪さを感じました。それだけ感情表現がリアルだということですよね。『#リモラブ 〜普通の恋は邪道〜』(日本テレビ系、以下『リモラブ』)は、すごくこの時代ならではの挑戦をされたというところに大きな意味があったと思うんです。でも、リアリティがありそうに描いていたものの、実際はこうじゃないよね、と若干引っかかったところはあって。

成馬:水橋さんは、商業性を意識できる職人的な脚本家というイメージだったので、こんなに作家性の強い作品を書く人だったのかと『スカーレット』には驚きました。『リモラブ』も作家性が強い作品でしたね。

小田:水橋さんのキャリアの中でも、今、一番やりたいことができている状態なんじゃないかなと思うんです。コロナ禍になってからリモートドラマをいろんな人が発表した中で、私は『世界は3で出来ている』(フジテレビ系)が一番面白いなと思って。水橋さんは野木さんより10歳も年上なんですけど、コロナ以降、果敢に攻めている感じがするんです。『MIU404』の最終回でマスクが出てきましたが、それをさらに進めて、会社でマスクをして仕事をしているという現実をどこよりも早く連ドラにしたのが水橋さんで。マスクをして医務室に入るたびに消毒をシュッシュってしなきゃいけないのとかも笑いにしていて。コロナ禍を描いてさらに笑いにしているということが、一番先を行っていたし、一番現実をリアルに再現しているなと思いました。私、その頃ちょうどマスク越しに男性が女性に新宿の駅でキスしているのを見たんです。びっくりしたんですけど、それを劇中で描いていたので、それもすごいなと思って。

成馬:主人公の美々先生(波瑠)って、めちゃくちゃ性格が悪いじゃないですか。そこに作り手の意地みたいなものを感じたんですよね。コロナ禍を舞台にするからといって真面目な話にしないのが水橋さんらしい。

小田:『スカーレット』の喜美子(戸田恵梨香)にしても正しい人ではないわけですよね。『みかづき』(NHK総合)の千明(永作博美)にしてもちょっとどうかと思うような人だったし、その辺が一つ共感できる理由なのかもしれないですね。

成馬:『スカーレット』はお父さんの存在も大きいですよね。お父さんが死んだ後に三姉妹にそれぞれ父の特性が遺伝していくわけじゃないですか。あの変化が面白くて「どんなに嫌でも家族のつながりは簡単に消せないだ」と水橋さんが思っていることが伝わってきた。

小田:人間の業みたいな。いまドラマを書く人にとっては、そのバランスが難しいですよね。水橋さんは2021年の『古見さんは、コミュ症です。』(NHK総合)を見ても、人間の“変えることができない性(さが)”をテーマにしているのでは。その点、野木さんは“変えられる”可能性を描いているのかな。そこが星野源さんのような表現者でもあるキャストとの相性が良いところで、『MIU404』の場合は、野木さんたち女子チームが考えたことを男子チームが現実に落とし込んでいて、星野源さんと綾野剛さんが割と現場で変えたんですよね。星野源さんくらいのリテラシーがある人だからできていたと思うんですけど、それをやったことが『MIU404』のバランスの良さだなと思います。“星野源がいる”っていうことは大きいことなんだなと思いました。

成馬:脚本家がブレイクする時って、必ずそういう人と出会うんですよね。星野源さんが今の時代を代表するクリエイターに変わっていく過程と、野木さんがブレイクしていく過程って凄くシンクロしていたと思います。

小田:映画『罪の声』もそうですしね。星野源さんに作品を提供できるのが、野木さんぐらいしかいないっていうことかもしれないですよね。2人はすごく通じるものがあるなと。

田幸:ブレイクしていく過程という話でいくと、プロデューサーとのタッグも気になります。例えば、TBSの磯山晶プロデューサーが『池袋ウエストゲートパーク』から『俺の家の話』まで宮藤さんと組んできた一方で、野木さん×新垣さんとは『空飛ぶ広報室』で組み、『重版出来』では編成を、『逃げ恥』ではプロデューサーを担当されているんですよね。『重版出来』の演出には塚原あゆ子さんもいらして。以降、野木さんのTBSドラマでは、磯山Pから若い世代の新井順子プロデューサーに移行するかたちで、『アンナチュラル』『MIU404』など、野木さん×新井P×塚原さん演出の流れに移行しています。そうしたバトンがTBSでは上手に渡されている印象がありますね。

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