『御上先生』脚本・詩森ろばが松坂桃李に寄せる絶大な信頼 “価値観の刷新”への思いも

「考えて」。主人公・御上孝(松坂桃李)の象徴的なこの言葉が、多くの視聴者の心を動かし続けている日曜劇場『御上先生』(TBS系)。“名作”と謳われてきた過去ドラマへの批評も織り交ぜながら、現在の日本が抱えるさまざまな問題に正面から切り込み、3年2組の生徒たちと同じように視聴者にも変化をもたらしている。そんな本作の脚本を手がけたのは、映画『新聞記者』などで知られる詩森ろば。初の民放連続ドラマ脚本に挑むにあたり、どんな思いで準備をしていたのか。第6話の放送を前に話を聞いた。
「日本の教育を変えてやろう」という熱意を持ったエリート文科省官僚が高校教師となり、令和の18歳とともに、日本教育にはびこる権力争いや思惑へ立ち向かうオリジナル学園ドラマ。
「パーソナル・イズ・ポリティカル」は今の社会に必要な視点

――初の民放連続ドラマ脚本とのことですが、日曜劇場についてはどのようなイメージをお持ちでしたか?
詩森ろば(以下、詩森):民放、公共放送に関係なく「連続ドラマ」というジャンルはたいへんなものだなと思いながら触れてきましたが、なかでも日曜劇場は規模感が大きくて。当然プレッシャーもありましたけど、すごく幸運だったなと思います。民放なのでいろいろな制約があるだろうと勝手に思っていましたが、プロットを出したときにも何も言われなくて。飯田(和孝)プロデューサーがいろいろと動いてくださったおかげで、もちろんドラマを良くするためのリライトはありますけど、テーマなどは制限されないまま書かせていただきました。スポンサーなどへの配慮がゼロとは言いませんし、正確に書くことは求められましたが、もしかすると「民放の壁」や「ガラスの天井」も勝手に作られているものなのかもしれないな、と思いましたね。
――本作では、学園ドラマに多い「スクールカースト」「いじめ」などが描かれないことに新鮮さを感じます。
詩森:私も学園ものと言われたときに、そういったことは要素として入ってくるだろうと思っていました。でも、私にとってはとにかく取材をすることが大切で。TBSさんにコーディネートしてもらったり、自分でも学校や知人に話を聞きに行ったり、本を読んだりする中で、思っていた以上に教育自体の精度が上がっていて、アクティブラーニングなどが取り入れられている。そういう今、教育が目指すべきものを書きたいなと思うようになりました。特に“生徒に考えさせること”は、素晴らしいなと思う教育者の方がみなさんやっていらっしゃいました。そういう最先端の教師像をお伝えすべきなんじゃないかなと。スクールカーストなどに関しては優れた作品がたくさんあるので、「既存の作品を超えたい」ということではなく、ではわたしはあまりやられてないものを、と思いました。

――取材をする中で、「官僚派遣の教師」というテーマを思いつかれたのでしょうか?
詩森:文科省の若い官僚が公立の学校に派遣される制度を取り入れるという記事を読み、2020年に私が「官僚で派遣されてきた先生はどうですか」とプレゼンしたときには、公立高校でプロットを書いていました。ミクロなものをマクロにしていくためには文科省という別のファクターが入ってくるのは面白いんじゃないかと。ただ、最初は「これなら面白いものになっていくかもしれない」という“勘”ですよね。官僚の方にいろいろと取材させてもらうと、みなさん非常に一生懸命やられているという印象です。私は演劇の人間なんですが、コロナ禍に演劇の存続のために苦手ながらも政府交渉をしたんです。そのときにも官僚の方たちはものすごく力になってくれて、大変な思いをして制度を作ってくださったりしたんですね。頭が良すぎてせっかく作っていただいた制度を理解するが難しい、みたいなこともあったりして(笑)。実は映画『新聞記者』を書いたときに、「官僚の方にお話を聞き切れずにやってしまった」という思いがすごくあったので、その後に個人的に勉強もしていました。その中で官僚個人の思いでは変わらない組織としての硬直も目の当たりにした。そんな経験も生きて、もちろんテレビ的な誇張はありますが、リアルベースで書けているんじゃないかなと思います。

――「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なことは政治的なこと)」が物語において重要な役割を果たしていますが、詩森さんにとってこの言葉とは?
詩森:もともとフェミニズムや学生運動から出てきた言葉と言われていますが、私はLGBTQの作品を書いたときに初めて出会って、そのときには「そういう考え方をしたことがなかったな」と思いました。政治と個人はどこか分かれた存在でしたが、生きづらさみたいなものを解決するとしたら、システムや構造を変えていかなければいけない。それはすごくわかりやすいし、当たり前のことだなと思ったんです。それから私にとってはデイリーな言葉になったので、今回も何気なく使ったらプロデューサーや監督たちが「すごくいいね」と言ってくれて、物語の中心になっていきました。
――最初に登場したのは、御上先生の兄・宏太(新原泰佑)のセリフでした。
詩森:私は「あの子だったらこういうことを言うかも」と思って何の気なしに書いたんです(笑)。でも、このドラマを通して「パーソナル・イズ・ポリティカル」という言葉をいろんな方が知ってくれるのはありがたいなと思っています。「バタフライエフェクト」も同様ですが、みなさんにとって思い入れのある言葉になっているのを見ると、今、社会にとって必要な視点、そして必要な言葉だったんだなと。本当にたまたま宏太が言ってくれて、よかったなと思います。現場でもキャストの気持ちを繋げてくれる存在で、「それを中心に考えていけばいいんだ」と思えるようなすごくいい言葉になりましたし、この言葉を私に教えてくれた人に感謝しています。