『おかえりモネ』が描いた相手に寄り添うための“手当て” 百音と菅波の“ニコイチ”に寄せて

『おかえりモネ』が描いた“手当て”

 連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK総合)がついに10月29日、最終回を迎える。

 宮城県気仙沼の島に生まれ育ち登米で青春を過ごした百音(清原果耶)が、天気予報を通じて人々の役に立ちたいと気象予報士を目指して上京し、やがて故郷の島へ戻り地域に貢献する姿を描いた本作。こう説明すると、ただヒロインの成長過程を追った物語に思えるが、先日主演の清原果耶が「この作品は出演したみんながヒロインだと思っています」とコメントを寄せたように(参照:清原果耶「出演したみんながヒロイン」 心から楽しんだ『おかえりモネ』撮影を終えて)、脚本家・安達奈緒子はともすればこぼれ落ちそうな登場人物全員の声をすくい上げた。

 数え切れないほどの金言が飛び出した約半年間の放送で一番心に残っているのは、第78話で百音が東京で働いていたウェザーエキスパーツ所属の内田(清水尋也)が、自分には深く傷ついた経験がないと悩む莉子(今田美桜)に投げたセリフ。

「生きてきて何もなかった人なんていないでしょ。何かしらの痛みはあるでしょ」

 この言葉が物語るように、誰もが簡単には口に出せない心の痛みや葛藤を抱いていた。本作は“東日本大震災”を背景にしたドラマだったが、彼らが傷を負ったきっかけはそれだけじゃない。災害、愛する人との別れ、ケガや病気、挫折など様々。そもそもこの物語自体、震災当時たまたま地元を離れていた百音が、大切な人たちのために「何もできなかった」とある種のトラウマを背負うところから始まった。同じような経験をして、同じような傷を負っても、それは似ているだけで一緒じゃない。相手が何に傷つき、どんな痛みがあるのかは本人にしかわからないのだ。

 『おかえりモネ』は、誰かと心を一つにできると無邪気に信じていた子供が、「人と人は完全にわかり合うことなんてできない」と気づき、未来へと一歩踏み出す物語でもあったと思う。心をわかち合えない苦しみは、次第に自分はひとりぼっちだという恐怖に変わる。だけど、安達奈緒子はけっしてそれを“絶望”として描かなかった。

 また一つ、印象的な場面を紹介したい。同じく第78話で三生(前田航基)が泣きながら叫んだ言葉。三生は、昔のようにみんなで手を繋いでUFO(=希望の象徴と思われる)を呼ぶことはできないという亮(永瀬廉)に対し、手を繋がなくても、心を一つにしなくても、バラバラのところにいたってUFOは呼べると主張するのだ。さらにその後、菅波(坂口健太郎)が百音を抱きしめ、伝えた「あなたの痛みは僕にはわかりません。でも、わかりたいと思っています」という愛の告白。それら一つひとつのセリフが重なり、私たちに「痛みは共有できなくても、寄り添うことはできる。それはたとえ、距離が離れていたとしても」と教えてくれているようだった。



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