『ファーストキス 1ST KISS』がユニークな作品となった理由 “幸せ”についての人生の教訓

ヒットドラマを連発し、『ラストマイル』(2024年)、『グランメゾン・パリ』(2024年)と、映画でも近年観客を多く集め、いま日本で最も快進撃を続けている塚原あゆ子監督が、恋愛ドラマの名手であり、映画『花束みたいな恋をした』(2021年)、『怪物』(2023年)でも大きなインパクトを残す脚本家・坂元裕二と初タッグを組んだ映画作品が、松たか子、松村北斗主演のラブロマンス作品『ファーストキス 1ST KISS』だ。
描かれるロマンスの内容は、登場人物が時間軸を飛び越えて移動する「タイムリープ」という設定を利用したもの。『ある日どこかで』(1980年)や、数度映画化されている『時をかける少女』、『この胸いっぱいの愛を』(2005年)、『アバウト・タイム 愛おしい時間について』(2014年)など、このSFとラブストーリーを組み合わせた、一見細分化されたジャンルでは、じつは多くのファンを生んだ作品が少なくない。
果たして本作『ファーストキス 1ST KISS』は、そんなジャンルのなかで、どのような位置を占める作品となったのか。ここでは本作のストーリーを振り返りながら、とくに坂元裕二脚本のユニークさが際立つ部分を考察しながら、妥当な評価を探っていくとともに、「時間と記憶」という考え方を基に、哲学的意味合いから、作品が射程に収める“幸せ”の考え方についても思考を巡らせてみたい。
本作で松たか子と松村北斗が演じるのは、15年の結婚生活を経て、離婚寸前となった夫婦。倦怠期を経て、もう長い間、お互いに顔も合わせない状態が続くほど不仲な状態にある。そんなある日、夫・硯駈(すずり・かける)は、駅のホームで線路に落ちた他人の赤ん坊を救うため、列車に轢かれて命を落とすことになる。
彼との結婚生活に不満をおぼえていた妻・硯カンナではあったが、夫が自分との生活よりも他人の命を優先させたという事態に、個人的な怒りや、やるせなさを感じる。その感情をぶつける先をなくしたまま、舞台セットの美術デザインを仕事をし続けている彼女は、夫との思い出が残る部屋で一人で暮らし続けているのだ。
そこで起きるのが、不意のタイムリープだ。自動車を運転中に、トンネルの崩落事故に巻き込まれたカンナは、現在の姿のままで、かつて駈と出会った15年前の夏の1日の世界へと放り出されるのである。そこには、やはり15年前の駈が存在していた。同じトンネルで事故に遭うことで、何度でも同じ過去の1日へと戻ることができると知ったカンナは、駈が15年後に命を落とすという未来を変えるため、運命に干渉しようと何度も過去を繰り返すことになる。ここでのカンナの奮闘や、意図せず起きてしまうドタバタ劇が、コメディテイストで表現されていく。
15年前、自分とまだ出会う直前の駈に出会い、会話を続けることで、カンナは夫との生活の日々で失った愛情を思い出していく。駈もまた、不思議な結びつきを感じ、カンナに愛情をおぼえていくこととなるというのが、本作のプロットである。
カンナは駈の命を救うことができるのか。二人の愛情は蘇るのか……というところが、当然ストーリー上の焦点となっていくのだが、坂元裕二脚本の味わいは、そういった本筋の流れよりも、生活や行動にあらわれる心情など、むしろ具体的な細部にこそ本領を発揮する。演出においても、タイムリープの奇跡そのものよりも、その過程のドラマで生み出されるキャラクターたちの魅力を引き出すことや、恋愛描写の機微に注力しているのは明白だ。
※以下、映画『ファーストキス 1ST KISS』のラストまでの展開に触れています
さて、何度も過去を訪れるうち、駈の死はどうやら回避できないことが分かってくる。ささいな未来の変更はあれど、結局は彼が命を落とすという結果へと収束されてしまうのだ。最終的にカンナは、二人の結婚自体を避けるように画策することで、死の未来を回避しようという手段に出る。しかしカンナの最後のタイムリープの回において、15年前の駈は研究者としての知見を活かし、ついに彼女が未来から来た事実に気づくことになるのだ。
そこで駈は、たとえ自分が死ぬことになったとしても助けられる命を諦める選択はしないだろうということ、カンナとの結婚を諦めないことをカンナに告げることとなる。そして二人は、時間を超えて唇を重ねるのだった。駈にとってはカンナとの「ファーストキス」であり、カンナにとっては駈との最後のキスだという不思議な構図が、SFラブロマンスならではのロマンティックな部分だといえよう。
ちなみに、駈が研究していた「ハルキゲニア」が、ある時点までの研究者の常識で信じられてきた“上下の向きが逆だった”ことが明らかになったという事実を話す箇所は、このような“相対的な視点”から見た順序の置き換えの暗示であり、本作の物語が、カンナが過去に遡るといった内容から、逆に駈が未来に向かって進み出すといった、方向の転換を暗示しているといえよう。
ここからが、本作の真の見どころだ。駈は、教えられた未来の出来事を自分なりに考え、もしそれ変える余地があるのだとしたら、それはカンナとの15年間の内容だと主張する。その言葉通り、駈は新たに出会った同世代のカンナとの恋愛や生活のなかで、できる限り努力をして、二人の日々を充実させようとしていく。人生の終わりが近いことを意識したからこそ、愛する人に精一杯の愛情を注ごうとするのだ。