ロン・ハワード監督の持ち味が発揮 『ヒルビリー・エレジー』はアメリカ映画史における重要作に

ロン・ハワード監督の持ち味が発揮 『ヒルビリー・エレジー』はアメリカ映画史における重要作に

 一方で、本作にはかなり痛烈な批判も存在する。ヒルビリーをルーツに持つような白人貧困層を、あまりに同情的に描き過ぎているのではないかという意見である。このような指摘は、もともと原作の書籍に対してもなされていた。

 原作で祖父が「日本車を買ったら勘当する」というような差別的発言をしていたり、本作でも祖母がある民族を侮辱するような言葉を放つなど、白人貧困層の人種差別的傾向は一応描写されつつも、このような負の面をそれほど追及していないのは確かである。ここで描かれる苦難は、アメリカの黒人が受ける差別などとは比較できないというのも、もっともかもしれない。黒人が白人社会のなかで癇癪を起こしてトラブルに発展しようものなら、投獄はおろか射殺される危険すらあるのだ。

Lacey Terrell/NETFLIX (c)2020

 本作は、原作がそうであるように、市民に対して人種への偏見を煽るようなことを発信してきたドナルド・トランプを支持する白人貧困層を描いたものだという見方がある。その意味では、社会の被害者でもある彼らは、同時に加害者になり得る存在ともなってしまう。しかし原作を含め、もともと本作自体はドナルド・トランプ支持層の実態を解説するようなものではなかったはずだ。トランプの話自体、原作にも映画にも登場することはないのだ。この書籍でトランプ支持者のことを知ることができると言っているのは、あくまで出版社や一部の読者である。その見方が念頭にあると、たしかに本作は物足りないと思うかもしれない。

 とはいえ、本作が現実のアメリカの姿を強く反映し、同種の問題を映し出していることも確かである。弁護士たちとの会食でJ.D.が他の惑星に降り立ったように困惑する描写からも分かる通り、アメリカ社会は裕福な者と貧困のなかにある者との間に、分かりやすい分断が存在している。裕福な者たちは初めから有利な環境が与えられ、貧しい者は不利な環境を並々ならぬ努力で突破していかなければ、彼らと同じ物を食べ、同じ服を着ることはかなわないのである。

Lacey Terrell/NETFLIX (c)2020

 そしてJ.D.の母親が違法薬物に手を出し、少年時代のJ.D.自身も犯罪に手を染める危険に直面するように、貧困者には人生の落とし穴も多い。その結果として起きる問題が、格差の固定化だ。優秀だった母親が貧しく孤独な生活を送ることになってしまったように、能力ではなく生まれによって選択が制限されるという状況は厳然としてある。アメリカン・ドリームという光は、ラストベルトを避けて裕福な者たちをさらに照らしているのだ。その仲間に入ることができる貧困者は、様々な誘惑を振り払い、人一倍の努力を重ねて差別にも耐え続ける必要がある。

 この現実がありながら、アメリカに存在する人種差別を、白人貧困層ばかりに負わせるのもフェアではないように思える。なぜなら高所得者にも大学出身者のなかにも差別主義者は存在するからである。逆にJ.D.がインド系アメリカ人をパートナーにしたように、格差や教育の分断を解消することができれば、人種間の分断を融和の方向へ進ませる人物が貧困層からも多く現れるのではないか。本作の冒頭で少年時代のJ.D.は傷ついた亀を助けたが、そんな“善いターミネーター”たちが“悪いターミネーター”にならないようにするには、格差が先鋭化されてしまった社会構造自体の変化が求められるはずである。本作がたどり着くのは、そういった結論だ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■配信情報
Netflix映画『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』
Netflixにて独占配信中
監督:ロン・ハワード
出演:エイミー・アダムス、グレン・クローズ、ガブリエル・バッソ、ヘイリー・ベネット、フリーダ・ピント

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