ロン・ハワード監督の持ち味が発揮 『ヒルビリー・エレジー』はアメリカ映画史における重要作に

『ヒルビリー・エレジー』米映画史の重要作に

 エイミー・アダムス演じる母親は、18歳で妊娠して結婚。激しい気性で夫とケンカが絶えなかったために、二人の子どもを産んだ後すぐ離婚してシングルマザーとなった。高校時代は成績優秀だったが、夢見がちで移り気、癇癪持ちなところがあり、パートナーを次々に変えて子どもに会わせたり、勤務している病院で薬を盗み飲みしてハイになったり、J.D.を車に乗せたまま暴走するなど、子どもにとって好ましくない行動を繰り返す。そんな経験が続くことで、J.D.もまた非行に走りそうになる。

Lacey Terrell/NETFLIX (c)2020

 グレン・クローズ演じる祖母は、道を踏み外しそうになるJ.D.を見かね、入院している病院のベッドからド根性で起き上がり、その足でJ.D.を母親から引き離し自分の家に住まわせる。彼女もまたヒルビリー時代に培った、おそろしいほどの口の悪さが特徴だが、持ち前の激しい性格を家族を襲う不幸に抗う力へと変えて、孫にできる限りのことをしてやろうとする。そんな祖母もまた、自分の娘と同じように荒れていた時期があったというが、年齢を重ねたことで最も大事なものは家族だということに気づいたのだと語っている。

 そして、『ターミネーター2』(1991年)を観るのが大のお気に入りだという彼女は、その内容を例にとって、“善いターミネーター”と“悪いターミネーター”の話をする。強大な力を持ったアンドロイドが人間を救うため、より強い相手に決死の戦いを挑むように、どんなに激しい性格でも、その力を良い方向に向けることができれば、大事な人を守り、強い苦難を乗り越えることもできる。

Lacey Terrell/NETFLIX (c)2020

 J.D.もそんな祖母の献身に応え、“善いターミネーター”への道へと方向転換し始める。貧困の中で祖母が食べる分を減らしてまで自分のために分け与えてくれる姿を見て発奮し、バイトや勉強に精を出すのだ。「代数のテストで一番だった」とJ.D.に伝えられた後、椅子に座って一人でしみじみと感慨にふける彼女の姿が印象深い。

 激しさと愛情が強く混ざり合った祖母と母。この役柄は、グレン・クローズとエイミー・アダムスがこれまで演じてきた役柄とはかなりイメージが異なる。だが、この燃え上がるような生き方を高い演技力で表現したことで、本作は彼女たちのキャリアのなかでも、とくに観客の心を揺り動かすような仕事となったといえよう。

Lacey Terrell/NETFLIX (c)2020

 ここで彼女たちに演じられる家族の性格は、もちろん問題も多いが、同時に共感できる部分もある。一族には、自分の家族が傷つけられたり侮辱されたら“絶対にやり返す”という掟がある。成長したJ.D.もまた、自分の目標である弁護士たちとの食事会の席で家族たちを、より差別的な「レッドネック」という言葉で呼ばれると、「それは侮辱です」「母はここにいる誰よりも優秀です」と、すぐさまやり返してしまう。一族の中では控えめに見える彼にもやはり、祖母と母から受け継いだ魂がある。ラストベルトからアイビーリーグへと至る険しい道を登って行けたのは、そんな熱い気持ちがあってこそだったのだ。

 ロン・ハワード監督作品の持ち味は、登場人物の精神が熱く燃え上がるような描写にある。『ビューティフル・マインド』(2001年)、『ラッシュ/プライドと友情』(2013年)、『白鯨との闘い』(2015年)などの多くの作品群において、様々な題材を扱いながらも、人生を燃やし尽くすような激しい戦いや葛藤を描いてきた。観客たちはそんな熱気に高揚するのだ。その意味で、激情と人生の闘いが描かれる本作は、まさにロン・ハワード監督こそが撮るべき作品だと感じられるのである。あるアメリカの一族三代の歴史を、圧倒的な演技力や演出力で語っていく。本作は、題材の希少性も含めてアメリカ映画史のなかで重要な作品として定着していくのではないだろうか。

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