『エール』が朝ドラで描いた生々しい戦場 戦争映画のようなあまりに重い15分間
裕一(窪田正孝)が向かった慰問先には、これまでと変わらない優しい藤堂先生(森山直太朗)がいた。慰問のためにみんなで曲の練習をしている光景は、戦時下の中での束の間の平穏が流れているようだった。
朝ドラ『エール』(NHK総合)の第88話では、そんな束の間の平穏でさえも奪っていく戦争の痛ましい現実が、生々しく直接的に描かれた。
藤堂先生をはじめ、慰問先で出会った神田(山崎潤)、東(近藤フク)、岸本(萩原利久)は、裕一に慰問に来てくれたことの感謝を「暁に祈る」を贈ることで伝える。そこには戦争の犠牲者となる若者の本音が漏れ出ていた。
「生きて帰りたい」と言うことは、戦争下では非難されることであっただろうが、藤堂先生は決してそれを無下に否定することなく、むしろ「みんなで生きて帰ろう」と伝える。ここでも彼の優しさと懐の深さが滲み出ていた。
そしてついに慰問当日となり、最後のリハーサルを行おうとしたそのとき、戦争の惨劇が彼らを襲う。「死ぬのが怖くなった」と自らの思いを語っていた岸本をはじめ、次々に将兵が撃たれていく。そこはまさに地獄絵図だった。
そこに対して裕一は、怯えで足が震えて何もすることができない。藤堂先生に導かれて軍用車両の下に隠れているのが精一杯。すると藤堂先生も敵兵に撃たれてしまった。居ても立っても居られない裕一は、すぐに藤堂先生のもとに向かい、安全な場所に移動させ手当てをしようとしたが、何もすることができない。呼びかけることしかできなかったのだ。
戦場の惨劇を初めて目の当たりにした裕一。今まで何も知らなかった現実を知り、「僕何も知りませんでした。ごめんなさい」と泣き崩れる。
インパール作戦に投入された日本兵はおよそ9万人だったが、生還者は1万数千人しかいなかったと言う。そんな現実がいかにインパール作戦が無謀な作戦であったかを物語っており、追い打ちのように心に刺さってくる。
朝ドラにおいて、ここまで生々しく戦場を描いた作品は類を見ない。ただし、戦争の記憶が風化されつつある今だからこそ、必要な描写だったのかもしれない。
時には知らない方がよい現実がある。戦う人たちを勇気づけるために戦時歌謡の曲作りをしていた裕一にとって、この惨状は知らなかった方がよい現実だったかもしれない。彼の曲がきっかけとなり、将兵を志願した人もいるのだから。
目の当たりにした惨状が、裕一の今後の曲作りにどのような影響を及ぼしていくのであろうか。改めて戦争の怖さを知り、もう二度と繰り返してはならないと思わされた回であった。
■岡田拓朗
関西大学卒。大手・ベンチャーの人材系企業を経てフリーランスとして独立。SNSを中心に映画・ドラマのレビューを執筆。エンタメ系ライターとしても活動中。Twitter/Instagram
■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、中村蒼、山崎育三郎、森七菜、岡部大、薬師丸ひろ子ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/