『アンサンブル』真戸原の“優しさ”を振り返る かげりと明るさを併せ持つ松村北斗の集大成

「現実主義の弁護士×理想主義の新人弁護士の“リーガルラブストーリー”」と銘打たれた『アンサンブル』(日本テレビ系)は、振り返ってみると臆病な登場人物たちが相手を幸せにしたいと願うラブストーリーだったように思う。ドラマとは、人間関係とその変化を描く芸術であるが、そういった意味で、『アンサンブル』の中心にあったのは、小山瀬奈(川口春奈)の恋愛や人付き合いに対するスタンスの変化だろう。そして瀬奈を変えたのは真戸原優(松村北斗)の臆病な優しさだ。
瀬奈は真戸原に出会うまで、恋愛に対して距離を置いていた。タイパ、コスパが大事と言いつつも、本音は宇井修也(田中圭)との別れのトラウマから、恋愛に臆病になっているだけ。そういった瀬奈の「どうせ分かり合えない」という諦めのスタンスは、弁護士として依頼人と関わるときにも表れていたように思う。
そんな瀬奈の前に現れたのが、“理想主義”の新人弁護士・真戸原だ。物語が進むに連れて明かされた真戸原の過去——幼少期に母親であるケイ(浅田美代子)に裏切られたトラウマから、理想の母に対する憧れが彼の生き方を決めてしまったのかもしれないと思うと少し切なくなる。人に対してある種の諦めを持っていた瀬奈にとって、理想を語る真戸原の主張は希望として映ったのだろう。価値観が異なるからこそ、瀬奈は真戸原に影響されて、過去のトラウマを克服することができた。

真戸原の手によって、早い段階でトラウマを克服できた瀬奈。一方で物語の後半は、真戸原のトラウマの根深さを感じさせるエピソードが多かった。正直、葛藤し、思い悩む役柄をさせたら天下一品の松村北斗の本領発揮はここからという思いがしたことは、否定できない。
『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)での安子(上白石萌音)への恋心に揺れる稔、『恋なんて、本気でやってどうするの?』(カンテレ・フジテレビ系)での母・真弓(斉藤由貴)の呪縛から逃れられない柊磨、『西園寺さんは家事をしない』(TBS系)での亡くなった妻・瑠衣(松井愛莉)、娘・ルカ(倉田瑛茉)への思いと西園寺さん(松本若菜)に惹かれる気持ちの狭間にいる楠見くん。その役の葛藤が切実に伝わってくる表情や息遣い、所作が絶品で、松村北斗の芝居にセリフはいらないのではと思わされる。
その最たる役柄が、映画『夜明けのすべて』の山添孝俊役だろう。山添くんがそこにいるだけで、彼の生きづらさ、胸のうちにあるままならなさが伝わり、藤沢さん(上白石萌音)と言葉を交わしたことでほんの少しだけ気持ちがほぐれているのが伝わってくる。力強い役柄なわけではないのに、スクリーン上で放つ存在感は絶大だった。
一方、明るいキャラの存在感が出せるのも、松村北斗の芝居の魅力であることも事実。映画『きのう何食べた?』では、作中一番の明るい人物と言っても過言ではない田渕剛を演じ、主演を務めた『ノッキンオン・ロックドドア』(テレビ朝日系)では、傍若無人な言動を繰り返す変人探偵・御殿場倒理を茶目っ気たっぷりに演じてみせた。