『心の傷を癒すということ』からにじみ出るつくり手たちの誠意 2020年の私たちが考えるべきこと

『心の傷を癒すということ』からにじみ出るつくり手たちの誠意 2020年の私たちが考えるべきこと

 いいドラマをつくる上で大切なのは、「誠意」なんだと思う。

 扱う題材に対して。自分たちの表現に対して。観てくれる人たちに対して。どこまで「誠意」を持って向き合えるか。土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』(NHK総合)はつくり手たちの「誠意」が画面からにじみ出る佳作だ。

1995年1月17日、あの日生まれた心の傷

 1995年1月17日、阪神・淡路大震災。戦後初の大都市直下型地震。多くの命が失われ、たくさんの人が傷を負った。震災は、あの日、神戸の街で地震を経験した当事者の人たちにも、テレビ画面でその信じられない光景をただ呆然と見ることしかできなかった非当事者の人たちにも、それぞれ形は違うかもしれないけれど、目に見えない傷痕を残した。

 当時は、まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉も今ほど一般的ではなかったと記憶している。建物が崩れ、家が燃え、ライフラインが途絶えたあの街では、命が無事であるだけで精一杯だった。その心にどれだけの傷がつけられたか。その傷がどれだけ長きにわたって心を苦しめるか。まだ、誰にもわからなかった。

 助けを呼ぶ声を振り切って、自分だけが生き延びてしまったこと。非当事者が「(神戸の人たちは)バチが当たったんやわ」と発言してしまうこと。子どもたちが“地震ごっこ”に興じること。あの日負った傷は、いろんなかたちで表出する。

 それに対し、嘆く人もいる。怒る人もいる。何も言えない人もいる。主人公・安和隆(柄本佑)は、コントロールできない心のありように戸惑い苦しむ人たちに、穏やかな口調で、平易な言葉で、説明する。今、心の中で何が起きているのか。一見すると無神経に思える言動も、それは心の均衡を保つための防衛手段であることを。彼の言葉に、人々はほんの少し救われる。

 本作は、被災者たちの心のケアに奔走した若き精神科医・安和隆の姿を通じて、心の再生を描くヒューマンドラマだ。

きっと誰かが誰かの希望になっている

 このドラマの美点は、主人公の安と同じように、つくり手たちが「誠意」を持ってテーマに取り組んでいるところだと思う。震災という題材だ。感動的に仕立てようとすればいくらでもできる。けれど、決して安易な美談に走ろうとはしない。センセーショナルな表現に頼ることも、ドラマティックな演出を用いることもせず、1995年のあの街で起きたことに、そこで生きていた人たちに「誠意」を持って寄り添っている。

 つくり手たちは、心の傷に特効薬などないことをわかっている。だけど、それと同じくらい信じている、人間の強さと優しさを。私たちにできることなんて多くはないのかもしれない。それでもきっと、何かできることがある。

 地震のPTSDに苦しむ妻を、夫は高原へ連れ出し、「ここにおったら地震来ても平気や。何も倒れてけえへんよ」と言い、ふたりで広い大地に寝そべる。

 “地震ごっこ”に興じる子どもたちに怒号を浴びせた男は、避難所に子どもたちのための遊び場をつくり、一緒にキックベースをしようと持ちかける。

 避難所の校長先生(内場勝則)は自らも被災者でありながら、子どもの夜泣きを詫びる隣人(紺野まひる)に温かい声をかけるような、他者への思いやりを忘れない人格者だった。けれど、妻を喪った孤独な仮設住宅生活は少しずつ彼の心から生きる気力を削り取っていく。もうこのまま死んでしまおうか。彼の心にすっと闇が忍びこんだとき、一筋の光となったのは、隣人がお裾分けしてくれたイカナゴだった。

 誰かに優しくしたことが、いつか優しさとなって自分に返ってくる。人は、自分の知らないところで、誰かの救いや希望になっている。そう感じさせてくれるから、このドラマは静かに、けれど確かに観る人を勇気づけるのだ。

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